第三章♯2『導火線への細工』
――ユーヴィク帝国領、北端部。
前線基地への輸送部隊が蛇のように連なり、陽の落ちかけた街道を行く。この先にある平地で野営をして、明日にはまた長い道を進んで行くのだ。
列を構成しているのは、ほとんどが帝国の侵略を受け属国となった国出身の者達である。
帝国の侵略といっても、首都を速攻で陥落させるという手段だった故に、国民の多くにとっては争いの気配を感じることもなく、気がついたら属国になっていたという状況なのだった。占領下でも市民権は確保されているし、虐殺や弾圧も行われていない。ここにいるのは、金の為、信用の為、自ら進んで帝国の兵士となった者たちなのだ。
そんな隊列を遠くから見つめる者がいた。"夕霧"の斬り込み隊長、ワイルズである。輸送部隊の前方に陣取って、奇襲のタイミングを窺っていた。彼の横にはメガネの少女、相棒であり副官のユミエル。彼女は首を傾げて――、
「どう? いけるかな?」
「……余裕だな。数はだいたい百、だがほとんど素人だ」
こちらの数は三十ほど。およそ三倍の差があるが、あちらが素人集団であるのに対し、こちらは歴戦の玄人揃いだ。これくらいの数の差なら問題ない。
振り向けば、作戦決行を前に集中を高めている仲間たち。
「そろそろ行くぞ、お前ら。作戦は頭に入ってるな?」
「もちろん! できるだけ殺さない、一人も逃がさない!」
ワイルズの問いかけに、ユミエルがビシッと手を挙げて答える。他の面々もそれを聞いて頷いていた。
「そうだ。特に逃げられるのはマズい。逃げ切られそうなら殺してでも止めろ、いいな」
出来るだけ殺さないというのは"夕霧"を築き上げたフリッツの信条である。逃げられると困るというのには、今回だけの特別な理由があった。
ワイルズは団員に最後の確認をする。団員達は武器に手をかけて、肯定を示した。
「よーうし、俺の部隊は真正面から突っ込むぞ。ユミエルの部隊は散開して近づいて周囲を固めろ」
ワイルズが団員の半数を引き連れて街道に出る。すぐに輸送部隊の先頭と鉢合わせになるだろう。目的は攪拌だ。時間を稼いで、ユミエル班の包囲を待つ。
ユミエル達は辺りに散って、接敵の時を待つ。ジリジリと焦らすように進む時を待ち――ワイルズの号令が響いた。
ワイルズ達の奇襲に、補給部隊の兵士達は慌てふためいていた。まさか帝国の支配領域で攻撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
何人かは剣を抜いて立ち向かおうとしていたが、どうしていいか分からず立ち尽くしているだけの者も多かった。やはりワイルズの見立ては間違っていなかったらしい。
お互いの部隊の先頭が接触し、剣戟の音と怒号が轟く戦場となる。それは"夕霧"が包囲を固め、補給部隊の全員が降伏するまで続いた。
「ふぅ……怪我人は?」
ワイルズは剣を納めて、報告に来たユミエル班の団員に訊いた。ワイルズ班は敵中でとにかく暴れていただけなので、戦局の把握はユミエル班の方に任せていた。
「三人、逃げられかけたので殺しました。怪我人は二十人くらいですね。どれも軽傷です」
「逃げられてはないんだな」
「ええ、ユミエルさんが辺りに魔力障壁を張っていたので、万が一、突破されていたらユミエルさんが感知するはずです」
「ならいい……死体は街道から離れたところに弔っておいてやれ」
「了解です、隊長」
報告を終えた団員が去り、ワイルズは捕虜となっている帝国兵の元へと向かった。数人ごとに縄で縛められている彼らは、皆顔に恐怖の表情を浮かべていた。それも当然、彼らは非戦闘員で、ほんの少し前までは普通の市民だったはずだ。こんな状況に耐性がなくて当たり前だ。
「俺たちをどうする、つもりだ……」
捕虜の一人、浅黒い肌の男がそう訊いた。それに対し、ワイルズが答える。
「俺たちの拠点に連れて行く。そこで捕虜生活だ、決着がつくまではな」
「決着……?」
「ヴァイスかユーヴィクか、だ。まあ安心しろよ、どっちに転んでもお前らは故郷に帰れる。しばらくの我慢だ」
両国の緊張は今にも爆発せんばかりに高まっている。どこかで僅かに火花が散れば、それが戦線に火を点けるだろう。
ワイルズ達の仕事はいわば導火線を湿らせておくようなもの。それが来たるべき爆発の時に、どう活きてくるものか。
ワイルズは捕虜の確認を終え、ユミエルと合流した。
ワイルズ班は捕虜を連れて山中の砦に身を隠す手筈になっている。しかしワイルズはユミエル班に合流してもう一仕事だ。
「次はエミール殿の指示通りにやるぞ」
「はーい。絶賛準備中だよ」
荷馬車の周りには新たに八十人もの数が集まっていた。そのほとんどはヴィリアース公が手配した人員で、"夕霧"のメンバーでもなければ戦士でもない。彼らの多くは商人だ。
彼らはせっせと荷物を積み替えている。積み替えが終わり次第、補給部隊に変装して帝国の前線基地に潜り込むという計画だ。これを帝国側に知られてはこれまでの準備も無駄になる。だから、補給部隊の者を一人も逃すわけにはいかなかったのだ。
「いざ潜入だ」
エミールの計画は着々と進行していた。




