第二章♯20『二つの国へ』
「残す北部諸国は峰の国ストラと谷の国オトラキア。とにかく時間がないから、この二国へは手分けをして行くことにしましょう」
ウィルベルは机の上に広げられた地図を指差して言った。
シラからまた東へ、そこには二つの国が隣接している。霊峰ヤクストラの頂上にあるストラと、その霊峰の麓に広がる峡谷の底にあるオトラキアだ。
この二国は因縁の深い関係で、たびたび争いを巻き起こしている。しかしそれを除けば他国に友好な国ではあるのだが、いかんせんそこに辿り着くのが難しい。山と谷が天然の砦のような働きをしているのだ。それ故に、貿易などもあまり行われず、一種の鎖国状態にあるのだった。
「それじゃあ僕はオトラキアに行くよ。あの国には行ったこともあるし、文化も理解してる。間違いなく協力を取り付けられるよ」
自信満々といった様子でフリッツが胸を叩く。
ウィルベルにとってはどちらも未知の国だ。彼の判断を尊重するのが良いだろう。
「なら私はストラへ行くわ。シャルとロトは私と一緒に、セーナはフリッツと一緒に行動すること。用が済み次第ルクセンに戻って、本格的に帝国への備えに加わりましょう。」
チーム分けもこれがベストのはずだ。ウィルベルとフリッツは大使としての役割から当然分かれるとして、シャルロト姉妹はフリッツを恐れているし、セーナは久々にフリッツと話したいだろう。
「皆、異存はない?」
ウィルベルがテーブルを囲む仲間の顔を見れば、皆うなずきかえした。その時、部屋の扉が開かれてアルチュールが現れた。彼はツカツカと歩み寄り、
「随分と慌ただしいですね。いや失礼、立ち聞きをするつもりはなかったのですが、真剣なお話の最中だったようでしたので」
「アルチュール……貴方にも約束を守ってもらうわよ」
余裕のある笑みを浮かべるアルチュールにウィルベルが釘をさす。彼が裏切るとは思わないが、手放しで信用していい相手ではないと勘が告げている。聖女エマと似たようなタイプだ。
「ええ、勿論。すでに騎士団の編成を始めています。最低限の内政が終わり次第、私も戦場に向かうつもりです」
「あんたこの国の指導者だろ? 良いのか、そんな無理して」
フリッツは意外そうに言った。アルチュールは涼しい顔でそれに応える。
「無理ということはありません。私もこれでも騎士ですから。それに身もふたもない話をするならば、先頭を切って参戦する騎士というのは市民からの名声も得られますからね。指導者として基盤のない私には無理をしてでも手に入れなければならないものです」
「り、利用できるものはなんでも利用するって感じですね……」
セーナが感心したような、もしくは引いているような様子で言った。アルチュールはセーナへにこりと笑みを向ける。
「理由がなんであれ利害は一致しているわ……できれば簡単に死なないで欲しいけれど」
「おや、心配していただけますか。てっきり私は貴女には嫌われているかと思っていましたが」
「貴方が死んだらまたこの国が混乱するかもしれないでしょ。そうなったら苦しむのは市民なんだから、貴方一人の命はとてつもなく重いのよ」
そんなことは誰よりも理解しているだろうけれど、アルチュールの役者じみた振る舞いにチクリと棘を刺したくなった。当然、アルチュールはそんな皮肉も軽く受け流す。
「肝に銘じておきます……それで出立はいつ頃に?」
「明日の朝……が良いな。もう少し情報共有の時間が欲しい」
フリッツが顎に触れながら言う。
まだエミールの話も聞いていないし、擦り合わせをするべき情報は沢山ある。
「では今夜はゆっくりとお休みください、いかに卓越した戦士といえど休まず戦い続ければ隙も生じましょう。食事は部屋に用意させますので」
「……ありがとう、アルチュール」
「いえいえ、ささやかなお礼ですよ。貴女方の協力なくして、このタイミングでの革命は成し得なかったでしょうからね」
それでは、と言い残してアルチュールは部屋を出て行った。最後の言葉はきっと、彼なりの裏表無しの好意なのだろう。
残った者たちは再び地図に目を落として、それぞれの目的地へのルートを確認し始めた。
◆◆◆
アルチュールの言っていた通り、部屋に運ばれて来た食事を摂った後、ウィルベルとフリッツはテラスに出て夜空と夜景を眺めていた。遠くから喧騒を運ぶ風が髪を揺らす。
「なるほど……それでエミールはブラオエに」
今はエミールが別行動をしている理由をフリッツから聞いたところだ。
「ああ、今はもう別の街に行っちゃったかもしれないけど。ウィルベルはエミールの策についてどう思う」
「うぅん……なんとも言えないね。私もそっちの事情には疎いから」
フリッツがそう問いかけるけれど、ウィルベルはすぐさまそれに答えることはできなかった。エミールが用意した"策"というのは、あまりにもスケールが大きすぎて実感を持って思考することが難しいほどだったからだ。
「まあ、だよな。僕もこの話を聞かされた時はよく分からなかったよ。まさかエミールが――」
兵法としては古典的。しかしそれを実行するためには商人としての視点と莫大な資産が必要になる。成功する算段があるのか、それを実感できているのはエミール本人だけだろう。
「大陸中の小麦を買い占めようとしてるなんてさ」




