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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 隻腕のミュゼット
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第二章♯19『クラウソラス』

「えっ……セーナか!?」


「わあ、お兄ちゃんだ!」


 部屋に入るなり、フリッツはセーナを見て大声を出した。感激したのはセーナも同じようで、パッと立ち上がるとフリッツの胸に抱きついた。

 そういえばセーナと出会ったのはルクセンでのことだから、フリッツとは別れた後のことだった。お互いに断絶の森以来の再会というわけだ。


「あのひとって……?」


 シャルとロトは、セーナと抱き合っているフリッツをまじまじと眺めていた。


「あれはフリッツ・ローエン。仲間だから安心して」


「フリッツ……フリッツ!?」


 ウィルベルが言うと、その名前を反芻したシャルはカッと目を見開いてロトにしがみついた。ロトも同じくシャルにしがみついてガクガクと震えている。


「フリッツってあの……クラマで左剣の腕を焼いて、兵士たちをドロドロに溶かした人ですよね」


「ウィルベル、この子たちは?」


「ひぃ!」


 ウィルベルの背後からぬっと現れたフリッツに二人はさらに縮こまった。どれだけ怖がっているんだ。ウィルベルと対面した時はこんなことにはなっていなかったのに。よほどフリッツの悪評が広まっているのだろうか。


「こっちの気が強いのがシャル、おとなしいほうがロト。帝国の右槍と左弓よ」


「へえ、僕はフリッツ。ウィルベルの友達だよ。よろし……」


 フリッツはにこやかに手を差し出し――、


「右槍と左弓!?」


 そう叫ぶと背中の剣に手を回した。シャルとロトは今にも泣き出しそうになっている。


「……そろそろくどいわ。驚きすぎ」


 オーバーリアクションな彼等にウィルベルは嘆息してみせる。


「ち、ちゃんと説明してくれよ。どうして帝国の……しかも幹部と一緒なんだ」


 フリッツは一応剣から手を離してウィルベルに問う。その間も警戒はしっぱなしで、対する二人はぷるぷると震えていた。

 これ以上はシャルとロトが可哀想なので、近況報告も兼ねてフリッツにかくかくしかじかを説明する。ルクセンでセーナと出会ったことから始まり、ローレライでの奇襲、そこでシャルロト姉妹と行動を共にすることになった経緯。その間フリッツは黙って聞いていた。


「なるほど……事情は分かった。ウィルベルがこの子たちを信用するなら僕もそうする。君たち、さっきは怖がらせて悪かったね」


 フリッツが態度を軟化させると、シャルとロトの緊張もいくらかマシになったようだ。握手とまではいかないが、狼を前にしたウサギのように怯えることはなくなった。狼を前にした子犬くらいにはなった。


「で……そろそろそっちの話も聞かせてくれる?」


 事情を知りたいのはこちらも一緒だ。フリッツはエミールと共にクラマ王子の捜索へ向かったはず。エミールは今ブラオエにいると言っていたし、一体事がどう運んだのか。


「そうだな……少し長くなるけど。まず王子は見つかったよ。会って話しもした。でもこっちの要求は断られた。帝国軍の兵数は圧倒的だから、勝てない戦はしないって」


「ふむ……」


 トントン拍子で話が進まないくらいは想定内ではあるけれど、王子の出した条件はかなり厳しい。南部諸国の参戦を促すには帝国軍の戦力を削ぐ必要があるが、それを北部諸国だけで為すのは難しい。帝国軍の兵数を減らせても、こちらが兵を失っていては意味がない。こちらの数を減らさず、相手だけを減らす必要がある。もしくはこちらの数を帝国軍に匹敵するほどに増やすかだが、そんなアテはないから南部諸国を頼ろうとしているのである。


「そこでエミールが、自分が帝国軍の兵数を減らしてみせると言ったんだ。王子も疑っていたけど、エミールの話を聞いて納得してくれた。エミールの策が成功すれば、南部諸国も戦線に加わってくれる」


「その策とやらのためにエミールはブラオエにいるのね? それにしても策って……検討もつかないけれど、何をするつもりなの?」


「それについてはまた長くなるから後で……それよりウィルベルに渡したいものがあるんだ」


「ん……なに?」


 フリッツは荷物からひとつの棒のようなものを取り出した。布に包まれたそれをテーブルの上に置く。


「ルクセンに戻った時、クララさんに言われたんだ。そろそろだろうからついでに寄っていきなさいって」


 テーブルの周りに皆が集まる。フリッツが布を開いていくと、そこから現れたものは――、


「ウィルベルの新しい剣。銘は……『夜明けの荊(クラウソラス)』」


 漆黒の剣だった。刀身と柄が同じ素材で、ナックルガードすら無い。片刃で緩く湾曲しているそれは、まるで大岩から削り出した彫刻のように無機質な荘厳さを備えていた。


「きれい……」


 セーナがうっとりと呟く。まさにその通りで、装飾など一切ない無骨な造りであるにも関わらず、見るものを魅了する妖しさを秘めていた。

 ウィルベルがその剣、クラウソラスに触れる。鋼に黒革が巻かれただけの柄を持つと、研ぎ澄まされた刃が光を弾き返した。素材自体は漆黒だが、あまりに強烈に光を返すので角度によっては白銀のようにも見える。


「ヴァルカンさん……完成させてくれたんだ」


 重さも適度で手に馴染む。職人気質が頑固すぎるヴァルカンのことだから、きっとブラオローゼと寸分違わぬ重量に仕上げてくれたのだろう。これなら今すぐにでも使いこなすことが出来そうだ。


「柄の宝玉……もしかして魔力石でしょうか」


 ロトが首を伸ばしてクラウソラスを観察している。興味津々といった感じだ。彼女の言う通り、柄頭の部分には小さな藍色の宝玉がはめ込まれていた。

 普段杖を持たないウィルベルだが、これは杖の役目も果たしてくれるらしい。少し言葉を交わしただけなのに、ヴァルカンはウィルベルの戦闘スタイルまで読み取っていたのか。


「良いね……最高だ」


 とにかく試し斬りをしたくてたまらない気分だ。さすがに城を飛び出して斬りまくるとかはしないけれど、そうしたくなるくらいの名剣だ。


「ヴァルカンさんから伝言……『その剣はもう手が付けられん。その辺の鍛冶には刃を研ぐことすらできん。強靭すぎて刃こぼれすらせんはずじゃが、万一刃が欠けるようなことがあればもう剣士はやめろ』とのことだ」


「うぐ……」


 まともに使っていれば折れないはずのブラオローゼを折ったウィルベルだ。前科がある分ヴァルカンの言葉が耳に痛い。しかし裏を返せば、この剣はほかに並ぶものがないと、ヴァルカンが自信をもって送り出したものだ。これを折られるようなことがあれば、それはもはや誰にも太刀打ちできない事態だということでいいだろう。


「大事に使うよ……クラウソラス」


 クラウソラスと共に包まれていた鞘に刀身を納める。鞘もヴァルカンが作ったのだろう。ブラオローゼを思い出させる薔薇の彫金が施されたそれは、抵抗なく刃をするすると飲み込んでいった。


 とにかく仲間も集まり、剣も新たになった。決戦の時は近づいている。この場にいる誰もが、否が応でもそう感じざるを得なかった。

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