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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 隻腕のミュゼット
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第二章♯18『尖ったヒール』

「これ本当に着なきゃだめ?」


 プロフメーレ牢獄の解放の翌々日、ウィルベルはシラの首都シルフェンにいた。


「是非。こういったものは印象が肝心です。市民の記憶に残る姿をするというのも大切な要素なのです」


 椅子に深く腰掛け、足を組んでいるアルチュールが優雅に指を振って説明する。いちいち仕草が様になる男だ。

 ここはシラ王城の一室。外には新たなる指導者アルチュールによる演説を待つ人が押し寄せている。ウィルベルは彼に並んでその演説に出席することになっていた。


「さあ、もう時間がありません。観念して着替えてください。私は先に出ていますので」


 そう言ってアルチュールが立ち上がる。侍女達に指示を出して、部屋を出て行ってしまった。

 ウィルベルは改めてベッドの上に広げられているドレスに目を向けた。鮮やかな紫色で、深いスリットの入った一品だ。わざわざアルチュールが持ってくるくらいだから、きっととびきり高級なものなのだろう。


「ウィルベル様、失礼致します……」


 ウィルベルは観念して溜息を吐いた。こういったドレスは一人では着られない。二人の侍女が協力してウィルベルを着飾らせていく。抵抗するのも彼女達に悪い。それにアルチュールに協力を申し出たのはこちらだ。これくらいのことは我慢するべきなのは分かるけれど。


「苦手なのよね……こういうの」


 華やかな衣装は苦手だ。動きづらいし、なにより人目を集めすぎる。誰からも注目を浴びずヒッソリ生きていたいウィルベルにとっては囚人服のようなものだ。


「ぐ……ぇ」


 極めつけはこのコルセット。いつもゆとりのある服を着ているのもあって、この締め付けは耐え難い。日夜これに堪え忍んでいる御令嬢方は尊敬に値する。

……前にもこんなことを考えたことがある気がする。


「はい、出来ました。とてもお美しいですよ。月の女神様みたいです」


「どーも……」


 大きな姿見に映っているのはもはや別人だ。女性らしさを強調する衣装に、丁寧に結われた黒髪。こんな格好をするのは三年前の式典以来だ。


 とにかくさっさと終わらせよう。


 侍女に案内されてアルチュールの元へ向かう。彼はバルコニーのそばの壁にもたれてウィルベルの到着を待っていた。


「……三年前よりも大人になられたようだ。以前はなかった妖艶さも纏っている」


「お世辞はいいから早く終わらせましょう。私は貴方の横に立っていればいいのよね」


「ええ。演説は私が用意しているので、貴女はいつも通り凛としていてください……さて」


 アルチュールがウィルベルに手を差し出す。気障な振る舞いだが無駄な抵抗はしない。彼の手を取り、開かれたバルコニーへと進んだ。


 眼下には民衆が詰めかけて、新たなる指導者の言葉を待っていた。老若男女問わず、貴賎もない。そこに集まっていたのはエネルギー漲る新たなる民衆達だった。

 静寂を待って、アルチュールが語り始める。皆が耳を傾け、新たな指導者を見定めようとしている。彼らは闘争によって自由を勝ち取ったのだ。彼らのお眼鏡にかなわなければ、アルチュールといえど席を追われることになるだろう。アルチュールの語る理想が受け入れられるかどうか……。


 ウィルベルはアルチュールの横から民衆の反応を窺った。皆静かに聴いているし、中には大きく頷いている者もいる。反抗の声を上げる者はいない。感触は良さそうだ。


 ――ん?


 そんな人波の最後方、そこにいる男に目が止まった。なぜなら、その男が周りも気にせず馬鹿みたいに手を振っていたからだ。演説に興奮しているようでもなさそうだが、とにかく一心不乱に手を振っている。その振る舞いは雑多な民衆の中でも飛び抜けて浮いていた。


 ウィルベルがその男をよく見ようとしたところで、アルチュールの演説が終わった。割れんばかりの拍手と両手を掲げる人々で男は見えなくなった。


「……どうかしましたか?」


「いえ……ちょっと変な人がいたから」


「変な人?」


 アルチュールが不審そうに目を細める。ウィルベルはバルコニーの手すりに手をついてもう一度男の姿を探した。すると、あの男は雑踏を掻き分けてこちらに近づいてきていた。


「ふむ、彼ですか……彼」


 男の姿を認めたアルチュールが目を丸くした。知り合いなのだろうか。とすると、彼はアルチュールに用があってなんとか気づいてもらおうとしていたということだろう。

 まあウィルベルには関係ないことだ。これ以上衆目を集めているのも嫌だから引っ込もう。そう決めて背を向けた時――、


「おおおおおい!! 無視するなウィルベル!!」


「…………はっ、フリッツ!?」


 ガバッと手すりに戻る。その下では確かに見慣れた金髪が大手を振っていた。何か言っているが上手く聴き取れない。

 なぜここに、エミールはどうしたの、訊きたいことはたくさんある。まさかここで会うとは思わなかった。


「もう貴女は約束を果たしてくれました。行ってもらって結構です」


「ありがとう、アルチュール」


 アルチュールの心遣いに感謝して、バルコニーからひらりと身を踊らせる。


「ちょ……ぐへ!」


 ちゃんとスカートを抑えて、周りに迷惑をかけないようにフリッツの真上に着地した。いきなり飛び降りてきたウィルベルにフリッツが半ば潰される。周りの人々もなんだなんだと関心がこちらに移り始めたので、フリッツの手を引いてとにかく人のいないところへと向かった。


「いてて……君の尖ったヒールが肩に刺さったんだけど」


「そんなことよりどうしてここにいるの、エミールは?」


 大袈裟に痛がるフリッツを無視して問い詰める。

 もしかしたら大袈裟じゃないかもしれないけれど、頑丈なフリッツならきっと大丈夫だ。


「……エミールならブラオエにいるよ。今は別行動中で、僕の仕事が終わったから合流しに来たんだ」


 フリッツがしきりに肩を揉みながら言う。もしかしたらヒビくらい入れてしまったかもしれない。大丈夫、多分。


「それより、腕は治したのか?」


「えっ……ああ、これは『星辰の探求者(アイテール)』でそれっぽい形と色にしてるだけよ」


 左腕をぐにゃりと変形させてみせる。フリッツは若干頬を引きつらせていた。


「ま、まあ元気そうでなにより。あとウィルベルに渡したい物があるんだ……どこか落ち着ける場所はない?」


「王城に入れてもらいましょう。仲間もそこにいるはずだから」


 仲間……? とフリッツは首を捻るが、ウィルベルはそそくさと歩き始める。フリッツは慌ててその後を追った。

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