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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 カルテドルフの夜
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第二章♯3『猟犬のやり方』

 廃屋の中は、穴の空いた屋根から光が入り込むくらいで、薄暗い。床は所々抜け、壁には外壁と同じくツタが這い回っている。家具らしき物は机と椅子くらいしかなく、そのどれもがうっすらと埃を被っている。


「まあ座れよ」


 エドガーに促され、手近な椅子を引いて腰を下ろす。ウィルベルも軽く埃を払って腰掛けた。


「それで、どうやって人狼ウェアウルフを退治するつもりなの?」


「あーそれなんだが。最後の一匹ってやつがなかなか賢い奴でな。俺もなかなか尻尾が掴めずにいるんだ。だが、お前らが現れてひとつ閃いたんだ」


「じゃあ、その案を聞かせてくれよ」


「まあそう焦るなって、兄ちゃん。これから手を組むことになるかもしれねぇんだ、まずはちゃんとした自己紹介からしようぜ」


「——俺はエドガー・ベールマー。化け物退治の専門ギルド『猟犬ヤークトフンド』の狩人だ」


 エドガーが首から下げた銀のペンダントを見せる。首輪をモチーフにしたそれは、たしかに『猟犬』のシンボルだ。


『猟犬』といえば、ヴァイスランド政府とも協定を結んでいる巨大なギルドである。昔、何度か一緒に仕事をしたことがあった。


 エドガーがペンダントを元に戻し、こちらの自己紹介を促す。


「僕はフリッツ・ローエン。傭兵で、今はこっちの、ウィルベルの護衛をしてるんだ」


「……ウィルベル・ミストルート。学院を出て旅をしている」


 ウィルベルの態度は素っ気ない。まだ警戒しているのかもしれないが、僕が思うにこれはただの人見知りである。

 僕が最初にウィルベルと会った時も、こういう態度だったなあ。


「よし! じゃあフリッツ、ウィルベル、よろしくな!」


 エドガーが握手を求めて、僕たちに両手を突き出す。その手を握る。ウィルベルも、今回は握手に応じる。エドガーは満足げな様子でブンブンと手を振る。


「それで? どんな案なの?」


 仕切り直して、ウィルベルが問う。


「ずばり、囮作戦だ」


「何を囮にするんだ?」


「ウィルベルちゃんだ」


「……はぁ!? ダメに決まってるだろ!」


 ガタっと立ち上がって、エドガーに言った。ウィルベルの護衛としては、そんな作戦に賛成するわけにはいかない。


「まあ待て! 落ち着け! 話を聞け!」


「フリッツ、落ち着いて。とりあえず聞いてみよう」


 ウィルベルにもなだめられ、しぶしぶ腰を下ろす。


「若い娘を囮にする作戦は、『猟犬』もよくやる手口でな。特に人狼なんかは、腹が減ってる時には周りが見えなくなるから、囮で釣ったところを囲んで叩くんだ。とはいえ、そのへんの村娘を囮にするわけにもいかねーだろ? ウィルベルちゃんなら一人でも身を守れるだろうから、囮役にうってつけってわけだ」


 話の上では、たしかに有効な作戦かもしれない……。村娘なら瞬く間に殺されてしまうだろうが、ウィルベルなら僕たちの到着まで時間を稼ぐことは容易いだろう。しかし、危険がないわけではない。命までは落とさずとも、怪我をする可能性は大いにある。


「一番あぶねー橋を渡るのはウィルベルちゃんだ。だからこの作戦をやるかどうかはウィルベルちゃんが決めてくれ」


「……いい案だと思う。私は大丈夫」


 ウィルベルがそういうなら、雇われの身である僕からはこれ以上言えることはない。だが、ウィルベルの身が心配なのかは確かだ。作戦決行の時には、すぐに助けに行けるように構えておかなければ。


「じゃあ決まりだな! 決行は今夜だ。村の近くでやることになるから、村の連中にも知らせておいた方が良いだろう。俺はちょいと準備があるし、怖がられてるだろうから、村へはお前たちで行ってきてくれないか?」


「……ああ、分かった」


 膝に手をついて立ち上がる。現在の時刻はもう夕方近いだろう。急いで村に戻って、村人に話を通さなければならない。


「よし、じゃあ一旦解散だ。フリッツ、ウィルベル、よろしく頼むぜ」




 ◆◆◆




 エドガーと別れ、村に続く道を戻る。日はすでに傾きかけていて、しばらくすれば夕焼けが見えるようになるだろう。


 村人には、僕たちの口から直接伝えるより、村長を介して伝えた方がスムーズだろうというのがウィルベルの意見だ。それに従い、まず村長の家を目指している。


 また二十分ほど歩くと、昼過ぎに出た村長の家が見えてきた。


 厚い木製の扉をノックする。


「……誰ですかな?」


 しばらくすると、扉を閉めたまま、中から返事があった。扉を開けようとしないのは、人狼を警戒してのことだろうか。


「ウィルベル・ミストルートです」


 扉の向こう側で、ガチャッと鈍い音を立てて鍵が外される。昼過ぎに訪れた時も、厳重に戸締りをしていて、最小限の出入りの時しか鍵を外さないのだった。用心深いことである。


「どうぞ、お入りください」


 村長が僕たちを家に招き入れる。村長に促されるまま、ソファに腰を下ろす。部屋の中も、僕たちが出たときから何も変わっていない。


「それで、例の男は見つかったのですか?」


「ええ。ですが、彼は人狼ではありませんでした。彼は『猟犬』という化け物狩りの専門組織の人間です。……彼と協力して、件の人狼を退治することになりました」


 いつも通り、偉い人間との対話役はウィルベルだ。エドガーのような、身分を気にしなくていい相手となら僕も話せるのだけど。


 ウィルベルが村長に作戦の内容を伝える。村長は黙って聞き、時折うなずいている。


「——それで、村長殿には村人の方々に作戦の内容を伝えて頂きたいのです」


 一通り話を聞いて、なぜか村長は渋い表情をしている。


「……もちろんそうしたいのですが。少し前に足を悪くしてしまいまして、村まで歩いて行くのも難儀なのです。申し訳ありませんが……お役に立てそうありません」


 村長が申し訳なさそうに言う。たしかに、さきほどから左足を引きずって歩いていたし、この家から村の中心までは少し距離がある。


「そうですか……分かりました。村の人たちには私から伝えさせていただきます。……村長殿も、今夜は外に出ないよう」


 そう言って、ウィルベルが立ち上がる。それに続いて立ち上がり、村長に軽く礼をする。


「では、これで失礼します」


「お役に立てず申し訳ない。どうかご無事で」


 村長も、立ち上がって礼をしようとするが、ウィルベルがそれを制する。


 こうして、今度は村に向かって、村長の家を後にするのだった。

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