出撃
「今回の敵は表皮が分厚く、歩兵の主兵装に使われている5.56ミリ弾が通用しない」
室内の空気がざわつく。アサルトライフルをメインに闘う普通科の生徒には、戦力外通告に他ならなかったからだ。
「そこで、今回普通科の生徒には指定された建物の屋上に上がり、スポッター(観測手)をやってもらう」
普通科の生徒が落胆したのが伝わってくる。直接ジークと闘えない事に不満があるらしい。
危険が多い実戦を嫌う生徒は多いが、このクラスは違うようだ。
「建物内にジークが潜伏している可能性もある為、機巧科、もしくは特科の生徒と2人一組で行動してもらう。ペアは各自自由に選んでくれ。誰がどの建物に登るかは、戦術デバイスに送信してある。全員、今から戦術ネットワークをアクティベートしろ」
言われたとおり、左腕に着けたデバイスを操作し、戦術ネットワークをアクティベートする。
戦術ネットワークは、作戦区域のどこに敵がいるか、味方がどこで戦闘しているかなど、それぞれが得た情報を一つのネットワークに集めたものだ。
これを使用することにより、離れた仲間とも連携がとれ、作戦を優位に進めることが出来る。
周りからも、デバイスを操作する音が聞こえてきた。
部隊長が全員の作業完了を確認し、説明を続ける。
「屋上から周囲を見回し、ジークの存在が確認されたら赤色の発煙筒に火を点けろ。煙が確認でき次第、周辺に待機している機巧科、特科の生徒は直ちにジークを殲滅。周囲にいる作業員の安全を確保」
前から発煙筒が回ってくる。出来れば使いたくない代物だ。
「それから、山下、月白、霧島、狭間」
海斗を含め、呼ばれた生徒が返事をする。このメンバーが呼ばれた時点で、何を命令されるのか、大体想像できた。
「お前達には屋上から狙撃でアシストしてもらう。各員、武器庫から対物ライフルを持って行け」
またもや4人が返事。海斗を含むこの4人は、狙撃訓練5位位内の凄腕スナイパーだ。味方を誤射しないよう、このメンバーだけにしたのだろう。
最大狙撃記録は1225m。
海斗の唯一の特技で、この学校で一番だったりする。
「作戦概要は以上だ。何か質問は?」
戦闘前の緊張した空気。
手を上げる生徒は一人もいなかった。
「では各小隊、準備ができ次第それぞれで出撃しろ。気を抜くなよ!」
部隊長の一言で全員が動きだす。
俺はハンガー(格納庫)に向かう前にライフルを取りに行かないといけない。
椅子から立ち上がった凍花に声をかけた。
振り返った彼女は、少し不安そうな顔で見上げてくる。
…断られるか?
「あのさ、狙撃時のペア……凍花に頼んでもいいか?」
少しの沈黙。凍花がほっと息をはいた。それからまた少しだけ間があって―――― 「わ、私で…良ければ…。」
凍花が恥ずかしそうにそう応えた。
…別に恥ずかしがる場面じゃないだろ。
「じゃあよろしく頼むな。俺はライフルを取ってくるから、凍花は先にハンガーに行って、小隊の皆と出撃の準備をしていてくれ」
「わかった」
「M2の準備も頼むな」
小さく頷き、凍花が小走りに走って行く。
少し間があったから不安だったが、断られなくて少しほっとした。
俺も武器庫に向けて足を進める。
ハンガーの横、戦闘員用の武器を置いてある部屋に入る。奥の棚にある、大型のケースを取り出し、机の上に置いた。
ケースのロックを外し、大型の対物ライフル、バレット m82を取り出す。
絶対に彼女を守り切る。それがあの日誓い、心に決めた、たった一つの強い思い。
ボルトを引いてチャンバー中に異常が無いか、きちんと作動するかを確認する。
ただ、責任から逃げているだけかもしれない。ただ、自己満足で終わっているだけかもしれない。
3つあるスコープの中からいつも使用しているものを取り出し、マウントレイルに取り付ける。
それでも、誰にどんなに罵られようとも、この決意を曲げるわけにはいかない。
重機関銃にも使用される、大型の銃弾をマガジンに装填していく。
もしも一度でも曲げてしまったら、俺は―――― 。
道具のすべてをケースにしまい、ロックを掛ける。
彼女に、あの日散っていった仲間達に――――。
タクティカルベストを着、ケースを肩に背負う。
もう後悔をしたくない。その為には、闘わなければならない。
サブウェポンとして、MP7を装備。予備マガジンをベストのポケット数カ所に入れておく。
深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。表情を引き締め、武器庫を後にした。
ハンガーに着くと、準備ができた小隊から次々とハンヴィーで出撃していた。
海斗も小走りで自分の小隊へと向かう。
ハンヴィーの前には、凍花、裕也、瑞花の三人が並んで待っていた。
三人の前に海斗が立つと、三人が彼に対して敬礼。海斗も落ち着いて返礼をする。
「第135小隊。柊中尉、以下、三名。全員揃いました。いつでも出撃可能です」
凍花がはっきりとした口調で点呼をとる。一応軍としての規律を守る為、作戦開始前の点呼は上下関係をはっきりするよう、小隊内で決めてある。
「よし。これより俺たちは、旧松山市へ出撃。作業員を襲撃しているジークを殲滅する。移動はハンヴィーを使用する。作戦の詳細は先程のブリーフィングと何も変わらない。何か質問は?」
三人とも何もいわない。
まあ、さっきブリーフィングルームで話を聞いたばかりだからな。
「よし、全員乗車!」
海斗の掛け声でメンバー全員が乗車する。裕也が運転席、残りが後部座席といった配置だ。
「目的地は松山城南側周辺だ。時間が無い。裕也!」
「了解!」
裕也がハンヴィーを発進させる。緊急発進専用の道路な為、かなりのスピードを出す事が出来る。
「裕也、第三連絡橋から頼む」
「分かってるよ。到着予定時刻、1355。15分ちょいってところだ」
第三連絡橋とは、基地のあるこの島と、旧松山市とを繋ぐ連絡橋の一つだ。採掘や資源回収に出掛ける場合や、今回のように軍事目的で島から出撃する場合などに使用される。
通常、通過するには軍の検問所を通らなければならないが、今回のように緊急発進の場合はそのまま通過する事が出来る。
裕也が車を飛ばし、連絡橋にさしかかった。
「凍花、少し早いが機巧の準備をしてもらえるか?念には念を、だ」
凍花が頷いて空中に浮いているウィンドウを操作した。
彼女の右腕のホログラムが消え、金属製の義手が露わになる。
他のウィンドウも操作すると、両脚のホログラムも解かれ、それぞれの部位に淡い赤色の光が走る。
「出撃シークエンス開始。オールモーションチェッキングプログラム、スタート」
凍花が音声によって管制システムにコマンドを送る。
『出撃シークエンス開始。現在着用している全機巧のシステムチェックを行います。作業終了まで、残り14秒…………残り5、4、3、2、1…。システムチェック終了。現段階で使用不能な機巧はありません』
「中尉、全機巧の戦闘モード移行を進言します」
凍花が俺の方を向き、決められた許可を求めてきた。
機巧科の生徒は、通常モードから戦闘モードへ移行する際、現場の最高指揮官の許可を取らなければならない。これは軍の法で決められたものだが、ほとんど自由な特科の生徒に対し、機巧科の生徒への規制が厳し過ぎる気がする。
まあ、俺がどうこう言ったところでどうにか出来る問題ではないが。
「許可する。ただちに戦闘モードに切り替え、ジークとの戦闘に備えろ」
「了解」
凍花が一つのウィンドウを操作する。
「モードチェンジ、GOサイン」
『了解。すべての機巧を戦闘モードへ移行します』
無機質な声が響き、モーターの駆動音が幾つか聴こえ始めた。義手義足に走っていた淡い赤色が、回転数上昇に合わせて色を淡い緑へと変わる。
『液体燃料1.6リットル。戦闘継続可能時間は、45分と推定。…すべての機巧、戦闘モードへの移行を確認。火器管制システム、オールグリーン』
淡い緑色の光に照らされた、幻想的ですらある彼女が、もう何度も聞き慣れたコマンドを口にする。
「全武器システムを音声コマンド管制下へ。戦闘モード……エンゲージ!」
凍花がドアを蹴り破り、入れ替わりで俺が前転。屋上へ躍り出る。
銃と共に視界を左右に揺らし、敵がいない事を確認する。
「「クリア 」」
凍花も後方の安全を確認したようだ。
建物に入る前にジークの集団に襲われたため、ここは十分危険地帯なはずだ。
タクティカルベストのポケットから発煙筒を取り出す。キャップを外し、擦り付けて点火。貯水タンクの方へ投げる。赤い煙が出始めた。
「これで良し。後は周辺の安全確保だな 」
凍花からケースを受け取り、ロックを解除。大型のライフルを組み立て始める。
スコープを取り付け、バイポッドを展開。屋上の端まで行き、ギリギリの所でうつ伏せになる。
スコープで周囲の状況を確認。
「くそ、周りにウヨウヨいるな。これは倒すのに時間がかかるぞ」
「海斗、10時の方向! 」
凍花に指示された方向を確認すると、1人の作業員がジークの集団に追われていた。
「クソ!あの数は対処しきれない 」
機巧科や特科の連中はまだ到着していない。一発一発ボルトを引いて装填しなければならないこのライフルでは、一掃する前に彼が殺されてしまうだろう。
「私が行く」
隣で凍花が立ち上がる。
「凍花、無茶だ。あの数を一度には凍花にだって厳しい!」
いくら有能なエクスマキナとはいえ、1人で一度に数十もの敵を相手にする事は出来ない。
「なら、彼が安全な場所へ避難するまでの間だけ、私が囮になる。避難が終わり次第、バーストモードで離脱する 」
「いや、でも――――」
「お願い、海斗。私はもう誰も見捨てたくない 」
真剣な眼差し。凍花の気持ちが痛い程伝わってくる。今の彼女には何を言っても無駄だろう。
見捨てたくないのは、俺だって同じだ。
「………分かった。俺も狙撃でアシストする。凍花は彼の安全を確認したらバーストモードで離脱してくれ 」
「了解 」
「……気をつけろよ 」
凍花がしっかりと頷き――――屋上から飛び降りた。
重力によって凍花の身体が地面へと向かって落下していくが、俺は落ち着いてライフルを構え直す。
「気温、24度。湿度、42パーセント。距離、600。風速、0.5〜1.0。相対高度、マイナス20 」
敵周辺の情報を頭に叩き込む。狙撃はとても高度な芸当なので、深呼吸して精神を落ち着かせる。
『機巧ナンバー008。バーストモード―――― 』
インカムから彼女の声が聞こえてきた。
自信に満ちたその声を、俺は何度聞いたのだろう。
『――エンゲージ‼ 』
閃光と爆音。霧状になった液体燃料に炎が接触。ブースターが青い炎を噴き上げる。
急激な加速。ジークの集団へと凍花が一気に突き進む。
こちらは先に狙撃で牽制。
スコープに刻まれたレティクルの中心を、先頭のジークに重ねる。
数秒間追いかけ、呼吸を止めた瞬間、トリガーを絞る。
肩に大きな衝撃。硝煙で一瞬視界が真っ白になった。落ち着いてボルトを引き、まだ熱い空薬莢を弾き出す。ボルトを戻して次弾を装填。風が視界をクリアにしてくれる。
スコープを覗くと、凍花がジークと戦闘を開始したところだった。
左足を軸にして上段回し蹴りを決め、反動で時計回りに回転。軸を右足に切り替え、後方のジークにも蹴りを食らわせる。どちらのジークも数十メートル後方へ飛ばされ動かなくなった。
凍花が作業員に指示を飛ばす。その間にも俺は狙撃の手を緩めない。
彼が走りだし、凍花が戦闘を再開する。
多方向からの同時攻撃を、凍花は前転や宙返りで巧みにかわしていく。
ジークの隣に着地し、足を広げて腰を落とす。後ろへ引いた右手をジークの側面にあてた。
『機巧ナンバー004。マーシキリング――――ストリーム!!』 コマンドを叫ぶと同時に掌底を放つ。敵の身体の反対側から衝撃波が広がっていく。ジークの動きが停止し――――次の瞬間には身体中から体液が噴き出した。