8話目
雪がちらちらと降る。
真新しく積もった雪にふたりの足跡が点々と続く。
「まだ、ですかねー」ユナが憂鬱そうにこちらを見上げた。
栗色の柔らかそうな耳は今はフードに収納されている。
「ルルアさん?」フードの中からはまだ、少女の面影を残す顔が白い息と共に覗く。
「まあ、方向もこれで良いのかわからないし、気長に待ったほうが良いと思うぞ」ルルアも疲れを滲ませながら言葉を返す。
「そうなんですけど・・・」ユナがまた、ため息をついた。
ルルアたちは現在、フールという街に向かっていた。
フールという街にはユナの購入者が居る街でもある。
一応、ユナ側に付くつもりのルルアとしても避けたい所ではあったが、ルルア達は今、現在地さえ不明な状態なのだ。
それも、人の居る痕跡が一向に見当たらない。かなりの地方のほうなのだろう。
ユナがこれからどうするか知らないが、なにをするにもそれくらいの最低限度は知っておかなければいけない。そして、それはルルアも同様だ。
ルルアとしては、ユナがその最低限度を満たせば、ユナとは別れるつもりでいた。
以前の出来事からも、ユナはルルアに普通に接する。
けどそれは違う。
無理しているだけなのだ。
ユナは優しい。だから、ユナには幸せになって欲しかった。そのためにはルルアといっしょに居るべきではない。
初めて、ルルアが助けた人物だから余計に幸せになってほしいという願いもあるかもしれないが。
それに、これ以上、ユナといるなら、ルルア自身も魔王であったことがばれる可能性を覚悟しなくてはいけない。それはルルアにとっても避けたい事態だった。
ルルアはこの世界で元魔王であることを隠して生きたいのだ。
「あ、みえましたよ!」ユナが突然、声を弾ませた。
ルルアが目を前方に凝らすと降る雪にまぎれて、灰色の高い城壁が見えた。
城壁はルルアたちが近づくにつれて存在感を増していった。
城壁というのはこの世界では一般的だ。
なぜなら人は集団で居ないと、魔物に対抗するすべは無い。
確かに、中には魔物に一人で対抗できる者も居るかもしれないが、休息する場所は必要だ。
そして人が集まる場所というのは魔物が寄ってくる。
魔物の主食は人だからだ。
ということで人は魔物の侵入を防ぐため、高く頑丈な城壁を造るというわけだ。
だんだんと人が視界に入るようになって来る。
それにつられて、ユナの口数が減っていく。
きょろきょろとひっきりなしに周りを見渡す。
はたから、見て挙動不審だ。
「ユナ、普通にしろ」ルルアがあきれたように言う。
「なっ、ぜ、全然、平気です。私は普通です!!」
「・・・・。」
「なんですか!、その哀れんだ目は!!」ユナがルルアに噛み付いてくる。
「ま、奴隷印もないんだし、そんな気づかないさ」
「そ、そうですか」釈然としなさそうにしながら、やっとユナは普通になる。
それを見届けるとルルアは眼前に迫る城壁を一瞥した。
「それよりも、」ユナの耳にささやく。
ユナはなぜか「ひっ!」と顔を赤くさせた。
(顔を近づけるのはまずかったか?)
ルルアはいぶかしげながら話を続ける。
「この街の雰囲気、おかしくないか」
ルルアはユナと話す間に人の様子を見ていた。
フールの街の入るためだろう、城壁の門の所に列が在った。荷馬車などの乗り物は無い。
その前方では兵士らしき人物が入行を確認している。
そこに活気が無さ過ぎる気がしたのだ。
地方であることを除いてもだ。
なぜか、彼等は一様に疲れた表情を浮かべていた。
城壁の外だからか?
ユナも気づいたようで「なにか、みんな暗いですね」と同じような感想を述べ、付け加えるように
食糧不足なのかもしれません。と続ける。
そうかもしれない、が、そんなことはここに街を造る前からわかるはずだ。
それとも、考えなしで作ったのか。
暗い影が水面下に潜んでいるような気がした。
「なにか嫌な感じがする。やっぱり用心深くいこう」ユナに告げる。
「はい」ユナはうなづく。
ルルアたちはフールの街に入るために入行を待つ列の中に混じった。
死人の行列ではないが、そんな感じだった。
そして、自分たちもその中に紛れるその意味を考えると少し不気味だった。
隣で緊張するユナをみて、何かあってもユナだけは守る。
ルルアはそう思った。
だんだんと書き慣れてきた気がします。
今後もよろしくお願いします。