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Stand Alone Stories

告白

 毒舌を売りにしている敏腕芸能人の吾妻一将アズマカズマサは、その毒舌のためか女性からの支持は全く得られておらず、あまつさえ女性軽視ではないかと思われるほどにその言葉は厳しい。しかし本人はこう言っていた。

「でもね、僕は女子大好きですよ」

 さて、いつも機嫌よくニコニコしている彼をテレビの前で眺めている一人の女子がいた。

「はぁ~~~、かっこいいなぁ、ズマサン……」

 ワンルームマンションの一室で、と言うかワンルームなのでその部屋で、彼女はため息を吐いた。テレビ番組は霧の良い所でエンドロールが流れて終了し、もう映っているのはコマーシャルであったが、彼女の網膜には先ほどの吾妻の笑顔が焼きついて離れない。

 それだけではない。それだけではなかった。

 彼女は胸の前に手を当てそっと目を閉じる。何かが、身体の奥で萌えている。そして、燃えている。

 そう、それは消そうと思っても消す事の出来ない、恋の火。

「会いたいよぉ、ズマサン……」

 ズマサンと言うのは吾妻一将の愛称である。彼女のワンルームの壁には所狭しと、吾妻のポスターが貼られている。単なる一ファンであるならそれはそれでよいのであるが、そう看過もしていられない問題が一つ。

「早く会いたいよぉ……待ち遠しいよぉ……」

 彼女自身、芸能人であると言う事である。

 月野千詠子ツキノチエコと言う芸名は実際本名であったが、検索した所で寂れたブログが一つ出てくるのみである。更新は一年以上前に止まっている。

ついでに言えば月野はアイドルだった。もちろん売れて無い。彼女自身それは解っていた。だから今回それ系の企画で番組に呼ばれているのである。そして彼女がズマサンに恋している事など、誰も知らない。もとより、誰も興味ない事であった。

 番組収録当日。のっけからズマサンのきつい一言が十数人のアイドルたちに浴びせられていた。まあ予想通りと言うか望まれてそうなっていると言うか。言ってるズマサンもなんだかんだでつまらなそうである。ここでズマサンも本音を吐き出した。

「こういう番組出てさ、この先も仕事もらえるとか思ってるんだろうけどさ、具体的に言うとね、俺に貶される事で有名になろうとしてるとか、売り出すきっかけを掴もうとしている、その悪足掻きの醜さね。こっちも仕事だから付き合ってるし、そっちもそれは覚悟してるんだろうけどさ。これだけで何とかなるわけないだろ? 番組自体何かもうアレだよ、ダレてんだよ、そろそろフレッシュな人材を掘り出そうとか言ってるけど。適当に拾ってきただけじゃねえか。掘り出せてねえんだよ、売れてねえ奴ら拾って来て並べて俺にどうしろって話だよ。解る? お前らなんか何もねえよ、タレント性っつうのか知らんけどさ。そういうのは俺が引き出しに行くんじゃねえぞ、お前らが攻めてこいって言ってんだよ。――なあ、特にそこのお前」

 ちょっと怒り気味の、それも演出なのかガチなのかさっぱりわからないズマサンが指差したのは、何と月野だった。

「えっ……」

「えっ、じゃあねえんだよ、何だお前は。さっきからずっとボケっとしていやがって、人の話ぐらいしゃんと聞けねえのか、こっちはこれでも真剣に向き合ってやってんだぞ」

 他の出演者の視線も一気に月野に向けられる。かつてない注目の中に彼女はいたが、そんな事に気を向けてられる状況ではない。あのズマサンと衆目の中ではあるが一対一の対話の橋が架かっている状況なのだから。

 月野は言葉を失ってボケっとしている。

「いや、何か喋れよ……」流石のズマサンも苦笑を洩らし、殺伐とした場が一瞬落ち着きを見せたかに見えた。

「あの、えっと……」

「月野、なんだっけ、ああ、月野千詠子ね。二十四歳。確かにな、お前は他の連中と違って落ち着いてると言えるかもしれねえ。良く言ってやればな。見てくれもそこそこ、俺が見ても美人の部類に入るんじゃねえか。だからって、甘えてるってのは気に入らんよ。黙ってりゃ男が寄ってくると思って――何だお前、大学出てるのか?」

「は、は、は、はい、大学出てます!」

「大学出てアイドルなんかやってんじゃあねーよ」

「す、すいません……」

 月野の瞳から雫が零れる。今日の収録でこれまでのズマサンの当たりにも涙を見せるアイドルは一人も居なかった。が、ここに来て一人泣いたものだから場の雰囲気は再びどよめきに包まれた。途中で諦めずちゃんと学問も修めてるんだから誉めてやれば良いのに、ズマサンと来たらこれである。女に好かれる訳が無い。

「何泣いてんだお前、自分が選んだ道だろうが、何か反論くらいして見ろ、でなきゃそこまでだぞ。これだけ言われて他の連中もビクビクしてるだけ、それじゃあ後でネットで叩かれんのは俺だけじゃなくお前らもだぞ、俺に反論できて初めてお前らには味方が出来るんだ。無脳っぷりを見せつけた所で誰も面白くねえ。俺も面白くねえんだ。クイズ番組に呼ばれてえんなら馬鹿なりに魅せてみろ」

「あの!」

 再び視線が月野に集中する。

「何だ、言う事でもできたか?」

「いえ、……そうじゃあ、無いんです、私、哀しいとか、そういうんじゃなくて、これは…ぐすん、えっと、う、嬉しいんです……」

「――――何だって?」

「嬉しいんです、私、ズマサン大好きなんです。ずっと好きでした」

 突然の愛の告白。

「誰だ? こんなくだらない筋書き作りやがったのは。おい、台本見せろ、くだらねえ茶番仕込んでんじゃねえぞ!」

「だ、だから、違うんです、私がズマサンを好きなのは、ひ、一人の男性として尊敬しているからだし、カッコいいと思うし、本当は優しいって知ってるし」

「おい、やめろ! そういう手口で俺を貶める積りか? いい度胸してるじゃねえか、名前覚えておいてやる。その代わり覚悟しろよ、今度下らない事言いやがったら二度と――」

「何度でも言います。私、月野千詠子は、吾妻一将さんを、愛していますッッ!」

 泣きながら愛を訴える月野に、さすがのズマサンも動揺を隠せない。誰かがそうしろと言った訳でもない。ズマサンが月野に目を付けたのも偶然だった。いや、ズマサンに見惚れ呆けていた月野自身が、その機会を引き寄せたと言っていいかもしれない。

 訳の解らない展開で、他のアイドル達も口々に月野に加勢する。

「何か言えー!」

「答えてみろー!」

「男見せろよー!」

「ヘタレー!」

「しっかりしろ童貞!」

 何も言えなくなった吾妻は、ついに顔を伏せた。

「解った、解ったからお前ら黙れ! 余計な口を挟むんじゃあねえッ!」

 実際吾妻も小物臭が滲んできた。彼にだって月野がふざけているんじゃないって事は見て解った。予想を上回る強かな謀略で、こんな事をやっているんじゃないって事は、確かだと判断できた。

 だが公共の電波でこんな事を。と考えるのは体の良いの言い訳、逃げ道に過ぎないではないか。それ故にこの事態をこのままやり過ごした時点で、彼の敗北が確定する。カメラが止まる気配も無い。誰もがこのハプニングの行き着く先に期待しているのだ。雰囲気が傾斜する。吾妻は全く面白くなかった。

「吾妻さん!」

「な、何だ?」

「こんな、大学出て売れないアイドルやってる私ですが、この気持は本気です。私とお付き合いしてくれませんか!」

「……俺三十八だぞ?」

「年齢なんて関係ないです!」

 一気に四面楚歌の窮地に立たされた吾妻は黄色い声の中で困惑していた。さっきまで縮こまってしょぼくれていやがった女どもが、こうなるのか。こいつらは、追い込まれたら追い込まれただけ機会には敏感で、とことん恐ろしい生き物なのだと確信した。先般反撃できなきゃそこまでだと言ったのも吾妻である。ちょっとしたトーク番組としては大一番の盛り上がりなので結果としては悪くない。悪くないはずだが。

 なんだこれ。

 なんなんだこれ。

 しかしこれまで吾妻は女性から告白された経験など一度たりともなかったのである。この後どうすればいいのか全く分からない。経験則が成り立たない。いつもはもっとマシな言い訳でも思いついただろうに。そしてまだ収録中である。これが生放送ではないと言う事に僅かばかりの感謝をしながら、冷や汗をジャケットの袖で拭う吾妻。すっかり毒気が抜かれてしまっている。ヘタレだなんだとさっきから言われているが、このままじゃあその通りになってしまう。

 月野は月野で、これで振られたらどうなるか解ったもんじゃない。仁王立ちで吾妻の返事を待っていた。清水の舞台からはとっくに飛び降りている。永遠とも思える落下中の走馬灯が彼女の脳裏には浮かび上っていた。心臓が早鐘を打つ。口から飛び出てしまいそうだ。下唇を噛み締めきゅっと口を閉じて、涙をぼろぼろ溢れさして吾妻を見つめる月野は、とても美しかった。胸の前に手を当て、半ば祈るような格好で。いつの間にかアイドル達のヤジは収まり、そして誰もが固唾を飲んで見守っていた。

「月野! お前、そんな態度で俺が優しくすると思ってんのか?」

「思ってません! 厳しくしていただいて結構です! ただ傍に居たいんです!」

 おいおいおいおいもうもうもう、熱烈過ぎんぞ、こりゃあ。

「俺はお前なんかすぐに飽きて浮気するかもしれねえぞ?」

「吾妻さんはそんな事が出来るほど女性から好かれていません!」

 これには吾妻は顔を真っ赤にした。今のは軽率だった。女性経験の乏しさなど周知ではないか。だからこその吾妻でもある。さらに場に苦笑が響く。思わず吾妻も戦慄く。小娘相手に、己れが恥をかかされている事実に。ついには月野は壇上を駆け下り、司会席の吾妻の眼前まで歩み寄り、一気に捲し立てる。

「吾妻さんは抱かれたくない男の頂点に君臨し続け殿堂入り、好感度ランキングでも誰も票を入れる事なく、嫌いな奴ランキングではトップを独走殿堂入り、それでも数字はちゃっかり取るし、ブログでは色んなものを叩いてアクセス数を稼ぐ汚いやり口、旅番組からは二度とオファーは来ないし、健康番組でも早死にする人ランキングで断トツトップ、毛根も死滅していて五年後には禿げてる可能性80%、こっそり歌手デビューしたけれどCDは全く売れなかったし、脱税疑惑も浮上中、昨年結婚できない男ランキングでも殿堂入りして三冠達成、芸能人仲間からも一緒に飲みに行きたくない男として真っ先に名前が挙がる稀代の嫌われ者、こんな男を愛せるのは、世界広しと言えども、私だけです! さあ、結婚しましょう!」

 数日後、スポーツ新聞の隅っこに、吾妻婚約の文字があった。

 このトーク番組の一部始終がお昼に取り沙汰されたのは言うまでも無い。

昼寝したらこんな夢を見た。

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