竜殺しのアストロと聖なる剣カレトヴルッフ
むかしむかしの、そのまたむかし。あるところに、善良な夫婦がおりました。
ふたりは、それはそれは徳の高い人間でしたが、なかなか子宝に恵まれませんでした。なので、来る日も来る日も天におわします女神さまに願い続けました。
「どんな子であろうとかまいません。どうぞ私たちに愛すべき我が子をお与えください」
とうとうその願いが聞き届けられ、夫婦は玉のような男の子を授かりました。ふたりは天に輝く星が自分たちの許へ落ちてきたと、たいそう喜びました。
アストロと名づけられた男の子はすくすくと育ち、火妖精の炎で鍛えた魔金のように頑丈な体と、片手でかろがろと牛馬を持ち上げられるほどの怪力を持つ、それはそれは心根の清い若者になりました。彼こそが女神さまの申し子に違いないと、だれもが思わずにはいられませんでした。
その頃、西の海では天から堕ちてきた邪悪な竜が暴れ回り、人々を苦しめておりました。この竜の名をレヴィアタンといい、かつては女神さまをお守りする聖なるけものでしたが、よからぬ企みを抱いたことを女神さまに咎められ、罰として天上から追放されたのでした。レヴィアタンは金剛石よりも硬い鱗を持ち、漆黒の業火を吐くおそろしい竜でしたので、だれにも仕留めることができずにおりました。
あるとき、女神さまの申し子の噂を聞きつけた西の海の民のひとりが野を越え山を越え、はるばるアストロの許まで救いを求めてやって来ました。話を聞いたアストロはすぐさま西の海へ向かおうとしましたが、父母は息子に泣いて縋りました。
「天から堕ちてきた竜に敵う者などいるはずがない。どうか考え直しておくれ」
しかし、アストロは静かに首を横に振って言いました。
「父上母上、どうぞお嘆きなさいますな。この身がまことに天から落ちた星ならば、同じく地上に堕とされた罪人を討てという女神のご意思こそ私のさだめにございます」
夫婦は、どんな子であろうとかまわないと女神さまに願ったことを思い出しました。そして、女神さまはいずれ来るこのときのために、自らの愛し子を自分たちに託されたに違いないと確信しました。
そこでふたりはアストロのために財産をはたいて、妖精の血を引くという腕利きの鍛冶師にひと振りの剣を鍛えてもらいました。
赤子のアストロは、片手に不思議な石を握り締めて生まれてきました。夜空に光る星のような青く澄んだ輝きを灯したそれを、聖なる銀に溶かして鍛えた剣でした。
鍛冶師は言いました。
「祝福されしこの刃はいかなる困難も打ち払い、おまえに勝利をもたらすだろう」
カレトヴルッフと銘を打たれた剣を手に、アストロは故郷を旅立ちました。たったひとり、果たすべき使命だけを友にして。
野を越え山を越え、とうとう西の海にたどり着いたアストロを待ち受けていたのは、くろぐろと輝く鱗と煮え立つ眼を持つ巨大な竜でした。しかし、アストロはレヴィアタンのおそろしさに怯むことなく、果敢に戦いを挑みました。
アストロとレヴィアタンの死闘は七日間にも渡り、その激しさは嵐となって荒れ狂いました。鋭い爪や牙を掻いくぐり、漆黒の業火を吹き飛ばし、とうとうアストロは金剛石よりも硬い鱗を割ってレヴィアタンの心の臓にカレトヴルッフを突き立てました。
雷鳴のような断末魔がとどろきました。苦痛にのたうち回るレヴィアタンを道連れに、傷だらけのアストロは荒海の波間に消えていきました。
嵐が過ぎ去って海が静まり返ると、水底から青く澄んだ光が浮かび上がりました。それは星のきらめきを纏ったカレトヴルッフでした。
ふと、灰色の雲間を割って黄金の光が射しこみました。するとどうでしょう、まるで女神さまの白い御手に掬い上げられるようにカレトヴルッフが天へと昇っていくではありませんか。
その日から、夜空にひと際明るく燃える青い星が見られるようになりました。人々はアストロの魂がカレトヴルッフとともに天上に帰り、再び女神さまの御許に侍るようになったに違いないと考えました。
やがてその青い星は、優しく地上を見守る〈アストロの瞳〉と呼ばれるようになりました。
アストロに救われた人々は、彼を最も勇敢なる者――勇者と称えました。そして、いつしかその呼び名はアストロの勇気を受け継ぐ英雄たちへ贈られる誉れとなりました。
ゆえに、竜殺しのアストロは、偉大なる〈はじまりの勇者〉とも云われているのです。
……さて、天に召し上げられたカレトヴルッフは、その後も女神さまのお慈悲によっていくつもの伝説を生み出しました。アストロの誉れを継ぐにふさわしい勇者の許へ遣わされ、テルミアの地に差す災いの影をことごとく打ち払うこととなります。
そして、天翔ける獅子の背に乗ることをただひとり許された異界の勇者に振るわれたのち、彼が眠る王国を守護することを約束しました。
異界の勇者の廟に祭られているカレトヴルッフは、王国に危機が迫るとき、青き星の光とともに目覚めて救い手を呼ぶと語られています。
拙作は、異世界召喚競作企画『テルミア・ストーリーズ+』の『テルミアおまけ部門』参加作品です。作中の設定の一部は企画よりお借り致しました。