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きーちゃんはマジなんです。

きーちゃんはマジなんです。

作者: ちまき

 



 きーちゃんは、俺にとっては4歳からの付き合いの幼馴染である。

母親が同じ茶道教室に通っていて、とあるお茶会に俺ときーちゃんは二人揃ってつれられ、出会った。

そのときのことは忘れない。

そこのお茶の先生は、与えられたトラとシャチのぬいぐるみに飽きた俺ときーちゃんに、お茶会で余ったお菓子を2つ用意してくれた。

そして気がついた時、きーちゃんは、俺の茶菓子を親にばれないようにさっと奪い、自分の分と俺の分をさっと腹に収めてしまったのだ。

当時大人しかった俺が泣きだすと、きーちゃんは呆れたように言った。

「はすおくんはダメだね。そんなんじゃ生き残れないよ」

その言葉があまりに衝撃的で、生き物として自分を否定されたような気持ちで頭が真っ白になった。

後に、4人兄弟の中で奪い合う境遇で生きてきたきーちゃんが、俺がただ一人っ子であることを表しただけの言葉だと判明するが、そんなことわかるはずもない。

とにかく、それ以来俺はきーちゃんが苦手になった。



そんなきーちゃんとは、それ以来母親のお茶会の度に遭遇するが、俺はその度にきーちゃんのいないところに逃げ回り、ひとり絵本や携帯ゲームを持ちこむことで時間をつぶすことできーちゃんを回避した。

きーちゃんも俺にそこまで興味なかったのか、特別に追いまわされた記憶もない。



そして再会したのは毎日遭遇する事になる学校と言う閉鎖空間。

学区が同じだったから自然と同じ小学校で、まぁ3年生になるまで別だったわけだから、それまでは接触はなかったわけだけど。

なんにせよ、3年生の春。

俺はきーちゃんと改めて顔を突き合わせる事になる。

「蓮生君、今日はちゃんといるんだね」

何故か隣の席になると言う高エンカウントに、なんの作戦もない俺はきーちゃんの出だしのアッパーに簡単に動揺した。

「…なにが」

「いつも蓮生君が来てるってお母さんはいうんだけどね、いないから。ずっと変だなーとは思ってたんだけど」

お茶会の話だ。

もちろん、避けていたのだからそうであろうと、息をのむ。

「幽霊かなんかになっちゃったのかと、でも違うんだね」

俺はものすごい遠まわしになにかいわれてるのかと怯えた。

一人っ子で、周りの友達もどちらかというと大人しめだった俺からすれば、きーちゃんは宇宙人だった。

そしてそれ以上なにもいわず、黒板を見つめるきーちゃんの気配を俺は恐ろしく感じて、その日は終わった。


しかし、意外な事にそれ以上、きーちゃんとは特別な事はなにもなかった。

きーちゃんは、ひとりでなにかする事が多いため、それなりに浮いていたがクラスの輪を乱すほどの目立った事はしないため、なんとなくきーちゃんの存在は黙殺されていた。

俺も学校ではきーちゃんとそんなに話す事もなかった。


のだけれど、不思議と家ではきーちゃんと話す事はあった。

お茶会を辞めた俺の母は、それでもきーちゃんの母親とは仲が良く、お茶会の代わりに家に遊びに来た。

そして、その母親に連れられ、きーちゃんも一緒に俺の家に来る。

きーちゃんは仲の良い友だちがあまりいなかったので、きーちゃんの母親は同世代の俺と少しでも仲良くなってくれれば、という気持ちもあったと後々照れたようにいっていた。

そんな大人の策略はともかく、俺ときーちゃんは同じ学校に通っていると言う共通点だけで、ぽつぽつ話をした。

例えば、

校長のこの間の朝礼は、ジョブスを引用していた。

桜田先生は、住友先生とちゅーしてた。

ひろちゃんは健くんが好き。

子供だからうさぎが好きだという安易な発想はやめてほしい、いや別にいいんだけど。

みたいな、とりとめないどうでもいい話をしながら、お互いに親に買い与えられた当時爆発的人気だったモンスター育成ゲームをやっていた。

そして、たまにモンスターを交換して、モンスターと一緒に友情も育んだ。


学校では表面上他人のまま、家では兄弟がいない俺にとってはまるで姉か妹のように。

子どもと言うのは、ときにこんな器用な真似をして、不自然な事を平気な顔でやってのける。

年をとってみれば、こんなことになんの意味もないと思うのだけど。


しかしそれは、中学校の時期になって、逆にいいように働いた。


小学校で仲良かった男女が、妙にお互いを意識して周りにそう見える事を極端に恐れる中学校では他人のように振る舞う友人が増えていく中、そもそも学校ではほぼ他人だった俺ときーちゃんは、何一つ変わることなくお互いの家を行き来した。

「ハス、最近かっこいいってさ」

椅子から何故か落ちるような妙な座り方をしながら、きーちゃんは俺のことを言い始めたので、照れるよりも先に呆れた。

「はぁ?」

「卓球部入ってよかったねぇ、筋肉って大事だよ」

そんなことより、そんな座り方してるからヘソ丸出しだけど、といいたい俺だったが、きーちゃんはそんなことを指摘した所で「あっそ」と気にも留めない事は明らかだったので、どうでもよかったけど話につきあう。

「ふーん、俺モテるの?」

別に告白されたこともないため、全然実感もなく聞いてみると、きーちゃんは手にしていた推理小説から顔を上げてにやりと笑う。

「まぁみてなって、今、女子は着々と段取りを進めてる所なんだから。秋にはいいことあるよ」


きーちゃんのいうことは、見事的中した。

秋に、俺はクラスの女子から初めて告白され、初彼女ができた。


そして、その彼女ができた日から、きーちゃんは俺の部屋に遊びに来なくなった。

俺に、か。さもなければ彼女に気を使ったのか、告白される前日には、きーちゃんは俺が貸していた推理小説とCDを全て返却して、「じゃあね」といつものように帰っていったのだ。


そして、その彼女とは中学卒業まで続いたものの、俺が男子校に進学する事になってから間もなく自然消滅した。

嫌いではなかったけれど、ものすごく好きだったかと言われればよくわからない。

ただなんとなく、彼女というものがあってもいいような気がした。そしてそれは彼女も同じだったのだと知っていたから、お互いにすっきりしたものだった。


彼女が去ったからと言って、きーちゃんが戻って来るかと言ったらそんな訳もない。

そもそも俺は男子校だから、きーちゃんと同じ学校なわけないし。

連絡先は、メールアドレスが変わってなければわかるにしても、今更なんの用が合って連絡するのか、といった消極的な気分でそのまま。


再会は、まさかの社会人になってから。


その日は、関東でその年初めての雪が降った日だった。

実家から会社に通っている俺は、最寄駅で始発がくるのを待っていた。

今日は2週間前から進めているプレゼンの発表の日だった。最後の見直しをするため、そして電車の遅れに配慮して、いつもよりずっと早い、太陽が顔を出す前のくらい時間に。


きーちゃんは、俺の次にプラットホームにやってきた。


俺を見るなり、きーちゃんはいつしかのようににんまり笑った。

「ね、ハス。秋にいいことがあったでしょ?」

すっと、最後の日の事が頭に甦って来て、それはまるで昨日のことのような気分だった。

でもそれと同時に、中学から今の今まで、きーちゃんが自分の人生に抜け落ちていた事も、さまざまと思いだされてきて。

もしあの時、きーちゃんがいたら。

なんてことを思ったその瞬間、俺は息をついた。

「全然。あの日からきーちゃんは俺の中じゃ幽霊だったな」

いうと、きーちゃんは首をかしげた。

「なにそれ」

「忘れてんのかよ」

いうと、心底不思議そうに眉を寄せる。

「全然心当たりない」

そう、きーちゃんに意図なんてなかった。

ただ、そう思ったからいっただけなんだ。


それを深読みして、勝手に動揺するのはいつもオレなわけで。


だから、俺もたまには素直になるべきだ。

きーちゃんを見習って。

「俺、きーちゃんいねーとつまんねぇわ」


いうと、昔と変わらない丸い目でを瞬きして、それからまたにんまりと笑った。

ずっとボブだった中学までとは違ってロングヘアがマフラーで隠れてるけど、あのときの面影は残ってる。

それでも間違いなくわかる、変化。

あらら、また可愛くなっちゃって。

なんておばさんみたいなことを思ってると、きーちゃんはみたことにない大人の女の顔をして俺の耳元に唇を寄せた。


「私も」



あれ、もしかして確信犯?







読んでいただいてありがとうございます。きーちゃんはマジなんです -蛇足- も更新してあります。短いですがよろしければどうぞ。

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