辻くんと岸田さん ――31日目に君の手を。辻&岸田――
どもです、篠宮です^^
やっと書けました、辻と岸田さんのその後になります。
うん、黒いよ! 辻は書いてて、ななしたちとは違う意味で悶えます(笑
大学受験も終わり、あとは卒業を待つだけの日々。
僕は唯一の心残りをどうにかしようと、そんな事を考えながら岸田さんの横でデータを纏める作業に手を動かしていた。
岸田さんが原田に失恋して、もうすぐ半年が経つ。
それは僕が告白して、今は考えられないと一蹴されてからでもある。
バレー部の面々は、佐々木を残してすでに受験を終えていた。
本来なら佐々木も受かっていれば終わっているはずだったのだが、さすが詰めの甘い男。
受験日当日に寝坊するという、大物ぶりを発揮したのだ。
同じ大学を受験していた原田が当日会場にいないのを不思議に思って携帯から連絡を入れた所、それはベッドの上の佐々木に繋がった。
その時点で、試験開始まで四十分。
間に合うはずがない。
そしてそのまま、同じ大学の二次に受験日当日に再申し込み。
アホの子佐々木という伝説が、バレー部に引き継がれていくだろう。部長なのに。
……何で佐々木が部長になったんだっけ。
「……」
ドツボにはまりそうな思考を切り替えて、僕の横で書類を作っている岸田さんを盗み見る。
横と言っても、少し離れてるのはきっと気のせいじゃない。
原田に失恋した岸田さんに近づいた僕を、彼女はかなり警戒してる。
無表情原田も何考えてるかわからないとよく言われているが、僕にしてみればとても分かりやすい。
それはきっと、岸田さんにとってもなのだろう。
無表情が微かに見せる感情を見つけて、きっと胸を高鳴らせていたのだから。少女漫画的に。
反対にいつも笑みを浮かべている僕を、岸田さんは何を考えているかわからないと言って近づこうともしない。
うん、よく分かってる。
僕の脳内思考を読み取れるようになったら、岸田さんはきっと傍にも寄ってこないだろうね。
ほら、人ってさ。
きらきらの乙女思考の人もいれば、即物的な思考の人だっているわけで。
え、僕?
あたりまえだよ、そんなの。
即物て……
「辻くん、こっちの書類終わったから。あとは何があるの?」
脳内が怪しい色に変わりつつあった僕の嗜好を引き戻したのは、岸田さんの声。
「あ、ほんと?」
僕は、脳内妄想を表情に少しも出す事もなくニコリと笑う。
「岸田さんは仕事が早いよね、本当に助かるよ」
そう言いながら岸田さんから数枚の書面を受け取った。
今日は今年度の総括書類を、僕と岸田さんで纏めていた。
提出期限は明日。
しかもそれも、最大限待ってもらっての結果。
それはひとえに、部長だったはずの佐々木が適当にしか纏めてなかったから。
提出する前にと僕と顧問で見直したら、中身ぼろぼろでどうしようもない書類だった。
え、その後の佐々木?
あぁ……、ちゃんと説教はしたよ?←
でも――
「少し、休憩しよっか」
ペットボトルのキャップを開けようとしていた岸田さんに、ふと思いついたような感じで提案する。
岸田さんは嬉しそうに頷いて、両腕を上に向けて伸ばした。
「さすがに朝からパソコンとにらめっこだと、疲れちゃうよね」
部活の顧問が持ち込んだノートパソコン2台は、朝からフル稼働。
冬だというのに微妙な熱気の籠る部室に、岸田さんと二人きり。
これは、佐々木に感謝してもいいかもしれない。
僕に仕事を押し付けた罰を、もう一度受けさせた後にね。
岸田さんは僕に少し視線を向けると、ぎこちなく立ち上がった。
「少し、外の空気を吸ってくるね」
「確かにここの空気は、淀んでるかな? 僕も一緒に行くよ」
すぐに返せば、困ったように眉尻を下げる。
なんてわかりやすい、凄い分かりやすい。
僕から逃げようったって、そうはいかない。
岸田さんと二人になる機会が、この先あるとは限らない。
今日だって、もう少しすると井上が来る予定なんだ。
どうしようか迷っている岸田さんからの返答を待ちつつ、僕は立ち上がって冷蔵庫へと手を伸ばした。
数代前の先輩が懸賞で当たったとかで、置いて行ってくれたミニ冷蔵庫。
とても重宝しています。
ドアを開けるといくつかの飲み物に紛れて、コンビニの袋。
今朝、学校近くのコンビニで買ってきたスィーツ。
「岸田さん、これ、食べない?」
袋から目当てのものを取り出して、岸田さんに差し出す。
するとあれだけ気まずそうだった彼女の表情が、一変した。
「どうしたの、これ! 品切ればかりで中々買えないのに!」
思わずといった風体で出された手のひらにカップをのせると、岸田さんは興味深そうにそれを眺めまわした。
「佐々木が凄くおいしいって言ってたから、一緒に食べようかなーと思って」
コンビニの袋ごと冷蔵庫から引き出すと、岸田さんは慌てて鞄を引き寄せた。
「ごめん嬉しくて、脳内トリップしてた。お金払うよ」
いくら? と聞かれないのは、コンビニスイーツだけにパッケージに書いてあるから。
そらとぼけてお金を貰わないという事が出来ないのが、ちょっと面倒。
僕は袋から自分の分を出してテーブルに置くと、スプーンを岸田さんに差し出す。
「いいよ。今日のご褒美」
スプーンを受け取りながらも困ったように何かぶつぶつ言ってるのは、もしかしてこれを盾に僕に何かされるとか思ってたりして。
実は少し前、アオさんと原田のイチャつきシーンを見せられて、思わず岸田さんに送ったメールを彼女は気にしてるらしくて。
あの後、僕を避ける技術に磨きをかけてしまったから。
「仕事を溜めていた佐々木に、あとで支払わせるから。安心して?」
「……そう? ごめんね。佐々木くんにお礼伝えて置いてくれるかな?」
その言葉に頷けば、少し安心したのか嬉しそうな表情に戻ってパッケージを開け始めた。
つられるように、僕もスイーツに視線を向ける。
透明なプラスチックの容器と黒色のフタに金のリボンのパッケージ、そして名前が”初恋ショコラ”。
さすがの僕でも、恥ずかしかった。
私服ならまだしも、学ランでこれ買うとかどんな苦行。
でも――
横目で岸田さんを見れば、すでにふたを開けてスプーンですくっているところ。
凄く嬉しそうなその表情に、僕は羞恥心を捨てて頑張ったかいがあったと目を細める。
「んー、美味しい! 初めて食べたよ、辻くん」
甘くておいしいものは、警戒心さえも溶かすらしい。
ここ最近向けてくれなくなっていた笑顔を視れて、僕はほんわりと……そして……
「そう? 買ってきたかいがあるよ、そう言ってくれると」
内心、黒い笑みが浮かんだけれど表情には出さない。
やっぱりさ、ほら。
「ねぇ、岸田さん」
そう呼びかければ、スプーンを銜えたまま僕を見る彼女。
笑みを深めて、その頬に手を伸ばした。
――チャンスは確実にものにしろって、先人もいったでしょ……?
「どうしたの、辻くん?」
突然頬に触れた僕の指に驚いた岸田さんは、カップとスプーンを手にしていたせいで反応が遅れたらしい。
立ち上がった僕が椅子の後ろに回り込んで机に掌をついた瞬間、体の動きを止めた。
斜め後ろから覗き込めば、目を見開いて初恋ショコラを見つめている。
脳内は、真っ白かこの後どうしようかを考えてるか……そんな感じかな?
「ね、岸田さん。初恋ショコラ、美味しい?」
耳の近くで囁くように問いかければ、物凄い勢いで縦に振られる頭。
……脳震盪おこさないでね?
彼女の反応が可愛くてくすりと笑みをこぼすと、僕はそのままの体勢で岸田さんの指からスプーンを取り上げた。
「あ」
一つ呟いてスプーンを視線で追った岸田さんは、それが初恋ショコラを掬ったのを見て小さく首をかしげる。
だから、いちいち僕のツボを押さえなくていいから!
岸田さんから、僕の顔が見えていなくてよかった。
きっと、かなりやにさがった顔になってると思う。実感する、確信できる。
にやける顔をなんとかこらえながら、僕はそのスプーンを岸田さんの口に寄せた。
「はい、あーん」
耳元で、意識的に声を掠れさせて囁く。
びくっと肩が震えて、岸田さんが思いっきり頭をふった。横に。
「ほら、スプーンから落ちちゃうよ? 口、開けて?」
んーんー唸り声をあげながら頭を降る彼女の姿は、可愛いに尽きる。
可愛いに尽きるけれど、井上が来る時間も気になる。
という事で、ここは最終手段。
「『ケーキとぼくのキス、どっちがすき?』っていう、キャッチコピーなんだって」
「……」
だんまりを通す岸田さんに、最後通牒。
「……ケーキと僕とのキス、どっちがいい?」
ぱくり。
囁いた途端、岸田さんがスプーンにかぶりつきました。
速攻で。
ダメだ、面白すぎる。
面白すぎるよ岸田さん。……僕の、思う通りに進んでさ。
岸田さんの口からスプーンを引き抜いて、カップに戻す。
それを目で追っている岸田さんの隙をついて、片手で椅子の背もたれを掴んだまま横に回り込んで彼女の顔を覗き込んだ。
「してから比べてもいいんじゃない?」
「……え?」
何を? と言わんばかりの岸田さんを、目を細めて見上げた。
「僕との、キス」
「……っていう夢を見たんだけど、岸田さん、再現するの手伝ってくれない?」
「なっ、ななななななな」
「岸田さん、滑舌いいね」
満面の笑みを浮かべると、岸田さんはがたがたと音をさせながら椅子から立ち上がった。
「なっ、なんて夢を、みっ見て……っ」
スプーンですくった初恋ショコラを口に運びながら、岸田さんを見上げる。
「好きな人と自分の夢くらい見るでしょ。僕も一応健全な高校生男子」
「高校生に見えないから! 夢の中まで策略家!!!」
「んー? それは性格だよ」
言いきる僕を、真っ赤な顔の岸田さんが震えながら見下ろした。
佐々木に今日の手伝いを言われた時に岸田さんと二人って聞いたものだから、脳内で妄想が願望と欲望を良いぐあいにミックスして夢に見せてくれたらしい。
出来ればその後どうなったかまで見たかったんだけど、そこまでは夢は優しくなかった。
目覚ましのアラームに邪魔された僕は、起きたばかりで舌打ちした位だ。
まぁ、この八つ当たりは佐々木にするとして。
「ね、岸田さん。『ケーキとぼくのキス、どっちがすき?』」
「ケーキ!!」
……現実はこうだよね。
僕は肩を竦めながら食べ終えたカップをビニール袋に入れると、立ち上がった。
横で驚いたように背中を壁に打ち付けるように逃げる岸田さんの態度も面白いけれど、ちょっと苛めすぎたかなー。
押しまくったから、引いとくか。ここは。
「僕、顧問のトコに行ってくるから、ゆっくり食べてて?」
数歩足を進めて、部室のドアを開ける。
「……こんな僕でもさ、やっぱ好きな子に避けられてると……不安にもなるんだよ。でもダメだよね。ごめんね、苛めて」
壁に張り付いている岸田さんにそう告げると、僕を威嚇するように睨んでいた彼女の表情が微かに崩れた。
「もう卒業近いしさ、ちょっと焦った」
じゃ、行ってきます。そう続けるとドアから外へと足を踏み出した。
「つ、辻くん……!」
途端、後ろから呼び止められて足を止める。
振り向けば、やっぱり壁に引っ付いたままだったけれど、眉をハの字に下げた岸田さんが胸の前で両手を握りしめていた。
「あの、ごめんなさい。私の方こそ、ごめんなさい」
そう言うから。
「……フラれたって事、かな」
そう言えば、勢いよく顔をあげた。
「ちがっ、あっ……と、あのそうじゃなくて……!」
言いたい事はあるんだろうけれど、上手く脳内でまとまらない状況らしい。
僕はそんな岸田さんを安心させるように口端を上げて、穏やかな笑みを浮かべる。
「うん、まだ気持ちの整理がついていないんだよね。大丈夫、はっきりと振られるまでは頑張ろうかなーと思ってるから」
「……辻くん……」
「気にしないで。じゃ、行ってくるね」
まだ何か言いたそうな岸田さんにそう告げて、今度こそ部室のドアを閉めた。
「策士め」
小さく聞こえた声に、横を向く。
そこには、少し離れた所に立っている井上の姿。
「そうかな?」
それだけ言うと、僕は井上の横をすり抜けて校舎へと歩き出す。
そんな僕に井上はため息をついた。
「顔、笑ってるぞ」
井上の呆れた声に何も答えずに、歩き続ける。
ともすればニヤケそうになる口元を、ぎゅっと引き締めながら。
きっと今頃、うーうー唸りながら頭を抱えてるだろう岸田さんを思い浮かべながら。
ほんと、僕って性格悪いよね。
そんなもん、自分でも分かってるさ。
でも、あまりにも今朝見た夢が脳内にこびりついて。
「早く、俺のものになんないかなー」
受験の終わった岸田さんを捕まえる為には、何でも利用するさ。
……僕に対する罪悪感だって……ねぇ?
すみません、まだくっつきませんでした(笑
ありがとうございました!