表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

プロローグ

 インターネット。

 そこにはありとあらゆる種の人間が集まる。


 買い物をしたい人間、調べものをしたい人間、同じ趣味を持つ仲間を探す者もいれば、単なる暇つぶしにと踏み入る者も居る。それは、忙しく生きる人間の為の場所であり、同時に暇を持て余す人間の為の場でもある。現代に無くてはならない貴重な場所ならぬ場所、それがインターネット――通称「ネット」の世界だ。

 そしてそこでは、前述のように様々な人間が、思い思いに時を過ごしている。その空間に存在する意識の中に、悪意が見え隠れしているのもまた事実であり、ネットを利用する上で、忘れてはならない重要な注意事項だ。特に掲示板等で、見ず知らずの相手とコミュニケーションをとる場合には、そういった注意が必須である。少なくとも僕自身は一掲示板利用者として、その注意を忘れた事は無い…………無い、けれど。


 僕は今、迷っていた。

 眼前には高校の入学祝いにと先日買ってもらったばかりの、マイ・ノートパソコンがあり、そこには見慣れた掲示板が映っている。中学の頃からネットを開く度、顔をのぞかせている場所だ。だがそこには、これまでに見た事の無い文字が、言葉が、表示されていた。


『お久しぶりだねっ! アサマ君、受験お疲れ様〜』


 このいかにも女の子といった文面を掲示板に綴ったのは、このサイトで普段からよく話す相手の一人。時折冗談も言うような明るい彼女、ハンドルネームを「由衣(ゆい)」という。ちなみに、彼女が労いの言葉をかけた「アサマ」なる人物が、ネット上での僕だ。そして由衣さんは(アサマ)に一言かけると、思ってもみなかった言葉を続けた——そう、問題はここからだ。


『アサマ君も無事合格したことだし……皆さんっ! 会いませんか?』


 「会う」という言葉の真意を理解するのに、僕は時間を要した。……いや、正確には、その後に続く由衣さんの言葉が無ければ、予想だにしていなかっただけに理解すら出来なかっただろう。


『あたし、"オフ会"って、やってみたかったんですよっ!』


 オフ会。はあ、なるほどね。

 ……以上が、僕が初めに抱いた感情擬きの、感想にもならない言葉だった。そして、徐々にその意味を理解してくると、キーボードに慣れた僕の指は無意識に素早く動き、某検索サイトの枠に今目にしたばかりの言葉を打ち込む。……まさか、まさかと思いながら。


 「オフ会」とは。

 インターネット上をオンラインと呼ぶのに対し、ネットから離れた現実世界をオフラインと呼ぶ。つまり、オフ会の正式名称はオフライン会。要するに、画面越しではなく、このサイトの仲間で顔を合わせようという会。結果論として、由衣さんは僕を含むこの掲示板の人達に会ってみたいと。

 …………同意義の接続後をいくつも使用し、自分自身に解説してみたのだが、これからどうすべきかが全く見えて来なかった上に、オフ会なるものの実態もよく分からない。

 何処で会う? 住んでいる地域はそれぞれ別だが、場所は由衣さんが決めてくれるのだろうか。

 何故会う? こうして掲示板で話すだけではいけないのだろうか。


 そして——僕は……

 僕らは、「誰」と会う?

 インターネット上での一つの名前と、互いの操る言葉くらいしか知る所の無い相手。

 それが誰だか、僕らは誰も分からない。

 それは由衣さんだって同じ筈なのに、彼女は皆と会いたいと言う。


 他の仲間達は、この言葉にどのように反応してくるのだろう。賛同の声が上がるのか……それともこの話は流れるのか。

 優柔不断な僕は、一番に彼女の書込みに気がついたくせに、他人の意見無くしては何も答えられなかった。まだ時間はそう経っていない。誰かが答えてからでも、返事は遅く無いだろう。


 僕は一人気まずくなり、夕日の差し込む自室でパソコンを閉じた。


 



 ——今更ではあるが、これが僕と彼ら、彼女らの始まりのきっかけだ。所謂(いわゆる)、プロローグ。

 この時はまだ、何も始まっていなかった。既に始まっているつもりになっていただけで、今考えれば、それまで何も初まってなどいなかったのだ。そもそも、「始まり」とは何か。そんなことすら分かっていない僕らが、それに気付ける訳も無いが……それでも。


 ここからが、始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ