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”怠惰”な令嬢と"冴えない"女の出会い

シャルロッテ=ドラクロア=バリー。


バリー公爵家の長女であり、父母に蝶よ花よと愛されて育った、いわゆる箱入り娘。

……ええ、表向きにはね。

その実態は箱入り娘とは程遠いけれど、それを知るのは長兄と次兄、その他わたくしの周りのごく一部のみ。

それでも上手いこと誤魔化しながら、公爵令嬢としての務めをそれなりに上手く果たしてきた。

―――はず、だったのだけれど。


ある朝、目が覚めてわたくしは愕然とした。


「…………なによ、これ」


部屋に見覚えはあるが、"今"はここには―――わたくしの自室には、いなかったはず。

最後に目が覚めた記憶は、冷たい牢の中だったのだから。

起きて目に入った自分の手は、こんなに綺麗ではなかったはず。

牢に入れられてから、段々と荒れていく肌や手を見て、何度もため息をついていたのだから。

自分の認識より瑞々しく若いその手を見て、思わず鏡台に駆け寄り、覗き込んで、気づいた。



自身が若返っていること。

そして、それと同時に。

自分ではない―――シャルロッテではない人間の記憶を持っていることに。

鏡の前で自分の姿の変化に驚きながら、回らない頭を必死で回し続け、情報を一つずつ整理する。



頭の中に浮かぶ光景。

どう見ても煌びやかとは言えない地味な容姿と服装に、眼鏡をかけた化粧っ気のない、やたらとくたびれた感じのする女性。

きっと、あれがこの記憶の人物なのだわ。



(ちょ、ちょっと!事実ではあるんだけど、そうはっきりとくたびれたって言われるのはさすがに傷つくよ!?)

「えっ」



思いもよらない抗議が自分の頭の中から聞こえた。わたくし、本当に壊れてしまったのかしら。

そう思っていると、ぼんやりとその記憶の中の人物が目の前に浮かび上がった。



「うう……多分私死んだんだよね……せっかく最終面接までこぎつけたのにぃ……!」

「サイシュウメンセツ」



わーん、と大げさに泣きわめく彼女に、こてんと首をかしげて聞こえた言葉を鸚鵡返しする。



「そうだよぉ!現職があまりにも辛すぎて、転職活動を頑張ってたところだったの!それなのに……」



ぐす、と目に涙をいっぱい溜めた彼女に、気の利いた慰めの言葉も浮かばないまま、思わず手が伸びる。

ゲンショクとかテンショクカツドウって、いったい何なのかしら。



「ええ、よく分からないけれど大変だったのね。くたびれるくらいに頑張っていんだものね」

「うぐぅ……ありがどおぉ……さらっとまたくたびれるって言ってるけどありがとぉ……」



こんな綺麗なファンタジーに出てくるお嬢様みたいな子に慰められるなら、少しは報われる気がする……。

そう呟いて涙を拭った彼女は、顔を上げてわたくしの顔を初めてはっきりと見た。

そして今度はあんぐりと口を開けて数秒呆けた後に、わたくしの名前を叫んだ。



「え、もしかしてシャルロッテちゃああああああん!?」

「こ、声が大きくてよ。確かにわたくしはシャルロッテですが……」



大声で、しかも知らない者にちゃん付けで呼ばれたことに少々顔を顰める。

それでも肯定を返せば今度は頭を抱えて、これってあのゲームだとか、まさかの異世界転生だとか、よく分からない単語の羅列が聞こえてくる。

この状況にこの様子だと、礼儀云々を説いたところで時間の無駄になりそうね。

まずは、彼女から情報を取れるだけ取ることが先決だと判断を下す。



「あなた、どうしてわたくしをご存じなのかしら。わたくしはあなたのことは存じ上げないのだけれど」

「い、いやぁ……私も信じられないことばっかりなんだけど……ちょっと色々整理させて」



うんうんと唸ってから、彼女は何か決意したのか、緊張を見せながらわたくしに問いかけた。



「エリーゼという子は、まだあなたのお友達?」



その名に、今度はわたくしの方が驚きを隠せない。

エリーゼという名で思い至るのは、わたくしと同じ公爵令嬢である彼女。

エリーゼ=アウロラ=ラクリマ。容姿端麗で、作法はもちろん様々な勉学にも精通する才女だ。

兄はいるが、お世辞にも優秀とは言えず、ラクリマ公爵はエリーゼが後継者であれば、とよく頭を抱えていた。

そのエリーゼは、確かにわたくしの友人だった。

……そう、だった。過去形だ。

でも、先ほど鏡で見た自身の若さから考えれば、こう返答するのが妥当なのでしょう。



「ええ、友人のはずよ。今はまだ、ね」



そう答えると、彼女は緊張を解いたようにほっと一息をついた。



「そっかぁ、よかったぁ!じゃあまだ大丈夫だね!」

「大丈夫って……何がかしら。あなた、わたくしだけでなくエリーゼのことも、その口ぶりでは知っているのよね」

「うーん、多分そうなんだと思う。分からないことだらけだけど……ねえ、ちょっとお互いに話そうよ」



彼女がそう言うと、薄暗かった何もない空間に、ぽんっとテーブルと椅子が現れた。

それに彼女も驚いたようだが、割と便利だとすぐに腰かけて、わたくしを手招きする。順応性が高いのは悪いことではないわね。

薄暗いのが気になるわ、とわたくしが思った時には、空間が明かりのある応接間のように様変わりをしていた。

なるほど、わたくしにもできるのね。どうやらこの空間はある程度、わたくしたちの意志や願望で自由にできるのだろう。



「すごい!さすがシャルロッテちゃん!」

「あなた……いえ、もう礼儀についてはこの場では諦めたわ。けれど、互いに情報を交換するのは賛成よ」



わたくしも椅子に座り、改めて彼女と向き合い、互いの自己紹介から始めることにした。



彼女の名前は、タカハタ・メアリというらしい。今後、彼女のことはメアリと呼ぶことにする。

年齢は29歳、ニッポンという国の出身で、意味は分からなかったけれど、かれしなしあらさーの冴えない女と自称していた。肩書なのかしら。

なんとなく自分を卑下しているような印象ね。身なりを整えれば綺麗な子になりそうで、話している感じ、馬鹿ではないと感じる。

けれど、自分への認識がそんなだから余計にくたびれて見えるのではないかしら、と言うことは控えた。話の腰を折るのも、ね。

なんでも、現在働いているところを辞めたいと、別の場所で働くために活動をしていたのだとか。転職活動とか就職活動というらしい。

まあ、この国でも仕事を求める人々も多くいるし、そんなところなのでしょう。

しかし、なかなか上手くいかず心身ともに疲れ切り、やっとの思いでいいところまで行けた、その帰り道で事故に遭ったそうだ。

激しい痛みの中で意識が薄れていき、死んだと思ったが、気づけばこの状況になっていたらしい。

それだけでも驚きに値するものであるのに、続く言葉にはさらに目を瞠ることになった。



メアリ曰く、わたくしはゲームという、ある物語の中の登場人物―――キャラクターの一人だということだった。

だからエリーゼのことも知っているし、わたくしが辿ってきた記憶についても知っていることが多数あった。

エリーゼとわたくしがどうなったのかも。先ほどの質問の意図は、物語の進行具合を確かめるためだったのだろう。

そのゲームというのは、自由に主人公をキャラクターとして作成し、交流や戦闘を行いながら、ゲーム内の登場人物と親交を深めていくというものだそうだ。

そうして親交を深めていくことを攻略というそうで、わたくしは物語に登場はしていたものの、攻略対象というものではなかったらしい。

しかし、コアなファンからの要望が多かったとかで、物語に要素を追加するダウンロードコンテンツというもので、つい最近に攻略対象になったのですって。

なによ、コアなファンって。響きからしてなんとなく喜ぶだけではいけないような気がするわ。

ちなみに、エリーゼはダウンロードコンテンツではなく、元々ある条件を満たすと攻略対象に加わるのだとか。差を感じつつも、あの子はいい子だったし仕方がないわ……。



とりあえず、ゲームではそんな扱いのわたくしは―――20歳になる前に処刑される。

いいえ、確かに処刑されたのよ。その瞬間が、わたくしが覚えていた最期の記憶なのだから。

エリーゼは、それよりもっと前に命を落とした。さらにその前に、わたくしと距離を置くことになっていたけれど。

なぜ彼女が死ななければならなかったのだろうと、当時も彼女が死んだ後に思った。それは今この時も変わりない。

わたくしの処刑にも納得のいかない部分は数多いけれど、思い返せば色々と不自然だったことが多かったように感じる。



「話を聞く限り、やっぱりあの物語と間違いなさそうだけど……うーん」

「何か懸念でもあって?」

「いや、私シャルロッテちゃんよりエリーゼちゃん推しだったんだよね」

「意味は分からないけど、わたくしを目の前にして言うことではないというのは何となく分かるわ」



にこやかな威圧を向ければミズキは縮こまって何度も謝罪を述べる。

推し、というのはとりあえずは好きという意味で覚えればいいらしい。



「まあ、エリーゼはわたくしから見てもとても魅力的な子だから、分からなくもないわ」

「あ、だよね!シャルロッテちゃんって結構わがままだし努力とか嫌いだし怠惰だし、たまに癇癪起こすし空気読めない所もあるし」

「それはもう直接的な暴言でしてよ」



笑みを深めただけのつもりが、無意識に拳でテーブルを叩いていた。あら、さすがにこれははしたないわ。

確かにわたくしも昔はそういうこともなかったとは言い切れないけれど!

鞭や平手で打ってやってもいいのだけれど、話が脱線しそうだから今は我慢してあげるわ。

でも、空気が読めない所もあるというのは、そのままメアリにお返ししてもいいと思うの。



「あなたこそ、こんな風に馬鹿正直に何でも言ってしまうから、新しい働き先が見つからなかったんじゃないかしら」

「なくはないと思います」



ひどい、と訴えてくると予想していたから少々意外だったけれど、自覚はあるようね。

沈んだ表情で俯いてしまって、なんだか僅かな罪悪感を覚えた。



「そうなんだよね……いや、しっかり面接対策とかしてたつもりなんだよ。でも予想外の角度からの質問が来ると、つい本音が出ちゃうというか……」

「そんなにひどい本音を言ってしまうのね」

「いやいや、別にそこまでではないと思う、多分。でもさ、企業側が求めるポジティブな回答をしないと、なかなか面接って通らないんだよ。書類選考で大量のお祈りメールを食らった後に面接まで進んだ本命からもお祈りされてどん底、そしてまた書類選考の無限ループ!ちくしょうが!」



そうやってぎゃあぎゃあとやかましく喚いた後に、大きなため息。心から疲れ切っていることが伝わってくるようね。



「と言っても、私も今の職場じゃあ採用する側の人間なんだけどね」

「あら、それならあなた自身が採用したい人のように、振舞ったり答えたりすればいい話なのではなくて」

「そこがジレンマなのー!だって、そうしたら何の質問に対してもお手本みたいなポジティブな回答ができる人になっちゃうもん!」

「それの何が悪いのかしら」

「だってさあ、本音が見えないんだよ。転職なんて、100%ポジティブな理由の人、ほとんどいないはずだもん。何らかの不満があって転職したいと思ってるのにそれって怖くない?」



恐らく、メアリは本当に正直すぎるのだろう。故に、求められている像が理解できていても、どこかでそれを拒んでいる。

どうにか納得しようとしても表面上だけだから、深く追及されると本音がこぼれてしまう。

わたくしは、求められている像通りに振舞うのも理解できるけれど。それが貴族として在るうえで必要なことでもあるから。

ただ、メアリの言うことが分からないというわけでもない。

―――ああ、だからわたくしも何度か、お父様やお兄様に少し黙っていてほしいと言われたことがあるのかしら。唐突に納得してしまって少し腹が立ったわ。



「分からなくもないわ。けれど、求められたものに答えられるかも、きっと必要なことなんでしょう。そこに、自分で納得のいく線引きができるかどうかなのではないかしら」



そう言うとメアリは、ぱちぱちと何度も、驚いたように目を瞬かせた。



「シャルロッテちゃん、ちょっと印象違うわ。やっぱりゲームで見えてたのって一側面だけなんだなあ」

「今度は何よ、また失礼なことを言ったらもう容赦しなくてよ」

「違う違う!なんか、もう少し幼い印象だったの。それに、ちょっとストンと腑に落ちたというか。ちゃんと人のこと見てるんだなって」



メアリからすれば、今の姿の年齢の頃のわたくしの印象が強いのだろう。さすがにその頃よりは落ち着いているわよ。



「……エリーゼとのこともあったから、かしらね。わたくしがちゃんと人や周囲を見ていれば、と」

「……そっか、そうだよね。本当に友達として大切にしてたように見えてたから、それを聞いて安心した」



エリーゼは、自ら命を絶った。

その原因はある事件の冤罪からの、心無い誹謗中傷や無視に留まらず、直接的な暴力もあったと聞いている。

わたくしは家にエリーゼとの面会を禁じられたのもあって、彼女の状況を把握することがあまりできなかった。

それに、人伝とはいえエリーゼが我が公爵家に仇なしたという噂も複数届いており、疑心暗鬼になっていたというのもある。

自身や家の立場が揺らぐことへの恐れと、友人を心から信じられなかった弱さ。今となってはただの言い訳ね。



「そうね。わたくしがあの時エリーゼに手を差し伸べられていたら、彼女は死なずに済んだかもしれないもの」



その出来事からいくつか歳を重ねたからこそ、やっと口に出来た言葉だった。

エリーゼが死んでから、わたくしの心にはぽっかりと穴が空き、何事にも身が入らなくなっていったっけ。



「じゃあ、そうしようよ」



その言葉に思わずメアリを見れば、先ほどの落ち込んだ様子から打って変わって強気に笑っていた。



「そうしよう、って」

「だから、エリーゼちゃんが死なずに済むように!一緒に頑張ろうよシャルロッテちゃん!」

「頑張るって、メアリとわたくしでなにを頑張るというの」



ふふん、と小さく鼻をこすって、メアリは堂々と告げる。



「見てて思ったのは、2人の周りの人が、いいようにコントロールされちゃってたかなって。つまり、どっちも味方が少なかったんだよね」

「味方……」



確かにそう。貴族社会は腹の探り合いではあるけれど、公爵家となれば影響力は無視できないはず。

であるのに、確かにあの時はバリー家にもラクリマ家にも、周囲からの助けなどは非常に少なかったように思う。

王家からも、不自然なほどに遠ざけられていた……かもしれない。

ああ、もう少しわたくしが政治や外交に明るければ。

退屈だからと教育係の授業に空返事をしていた過去のわたくしに恨めしさを覚えるわ。

わたくしは決して学ぶことが下手ではなかったけれど、そう、やる気だけはなかった!

それでも中途半端には理解をしてしまうから、表立って注意されるようなことは少なかった。

重点だけは押さえていたから、優秀に見えることもあったのだろう。

だから、父母にはあんなに甘やかされていたのかしら。

自覚をしていたから、わたくしの欠点を無遠慮に指摘したメアリの話を聞いていたのかしら。

過去のわたくしであれば、途中で話をやめて癇癪を起こしていた気がするわ。



「で、私からしたらここはゲームの世界、つまりは物語の中なわけで。そういう状況にした黒幕がいると思うのよ、多分」

「多分、なのね」

「ごめん、まだプレイ途中で攻略サイトも見ないでやってたから許して……。でも、シャルロッテちゃんが死んだその少し後までは、大方流れを覚えてるから!」



かなり心もとないけれど、ある程度未来を知っているというのは大きな強みの一つではある。

それに、エリーゼの死はわたくしの死より前なのだから、少なくともそれは防げる可能性も大いにあるわ。



「まずは、今がどんな状況なのか一つずつ把握していこう。それで、可能であればまずは味方を増やす。難しかったら敵を減らす!これでいこう!」

「……必要なことね。でも、味方とか敵とか、どうやって判断をするのよ」

「そこはほら、お任せください!」



メアリは眼鏡をくいっと持ち上げて見せて、高らかに言った。



「クソ企業でひとり人事として採用に尽力してきたこの私の知識を最大限利用して、シャルロッテちゃん陣営を拡大・強化していこう!」



―――大丈夫なのかしらね、これ。

企業で一人人事をしている時にむしゃくしゃして書いたものです。

もし気に入ってくださった方がいらっしゃれば、続きはぼちぼちと無理なく書いていく予定です。

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