第16話:沼だらけの江戸
三河の国境、家康は馬を止め夕日に染まる故郷を黙って振り返っていた。背後では、家臣たちが「なぜ三河を捨てるのですか!」と口々に不満を漏らし沈痛な空気が漂っている。
信長は、家康の馬の尻尾を掴んで引っ張りながらあくびをした。
「いつまでも未練たらしい顔をしとるから、家臣たちが不安になるんだわ。おみゃあが前を向かんと、徳川はここで終わりだがや」
「織田さま……そうは言っても、江戸は葦の生い茂るただの沼地だと聞いています。あんな場所で、どうやって家臣たちを食わせていけと!」
「沼なら埋めればええ、道がなけりゃ作ればええ。誰にも邪魔されん、おみゃあだけの国をゼロから作る絶好の機会じゃにゃあか」
数日後、家康は江戸城に入った。しかし、そこにそびえ立っていたのは立派な天守ではなく板張りの壁に雨漏りする屋根のあまりに粗末な館だった。
「……これが、私の新しい城ですか」
家康は膝をつき、呆然と床の埃を見つめた。家臣たちの冷ややかな視線が突き刺さる。
「家康、下を向くな。ここから見える景色をすべて黄金に変えてみせろ。猿が腰を抜かすような、どえりゃあ都をな!」
信長に背中を強く叩かれ家康は、泥だらけの靴で立ち上がった。
「やりますよ。やってやりますとも! 織田さま、見ていてください!」
家康の江戸開拓という、気の遠くなるような戦いが幕を開けた。




