コーヒーと奇妙なカルト
ある朝、いつも通りコーヒーを嗜む、本当に平凡な朝だった。コーヒーは勿論ブラックだ。ブラックというには少々茶色っぽいが、これは確かにブラックコーヒーだし、茶ではない。私の名はへブル・ライアン。このハワイのカリヒで探偵をしている。ただ、最近は中々仕事が来ない。ここらは治安が悪いから、前まではそれはもう矢継ぎ早に客が来て忙しかったものだ。今じゃまるで落ち着き払ってしまっている。平和なのは良いのだが、探偵の身からすれば面白くない。私は退屈な日々をコーヒー片手に過ごしていた。
しかし、今日は珍しくドアベルを鳴らす者が現れた。久々の来客なので、私はコーヒーでも淹れてもてなしてやろうとも思ったが、その者のなりを見てすぐに気が変わった。男はなんとも、道の端で乞食をしていそうな粗末な装いをした中年だった。正直追い出してしまおうと思った。どうせここに来た理由も、毎朝コーヒーを啜る私を羨ましがって、一杯だけでも分けてくれとなどとぬかすのだろうと。しかし、その男の一言は、時間を置かれたコーヒーのように冷め切った私の心を再燃させた。
「依頼だ、良い情報がある。まあそんな怪訝な顔しないでさ、話だけでも聞いてくれよ。」
男はチャーターと名乗っていた。情報、というのは彼の暮らすスラムの街で流行している、とある宗教についてのものであった。あの荒れたスラムが最近になって穏やかになったのも、この宗教というのが要因であるそうなので、私は彼を受け入れて、真摯に話を聞くことにした。彼が言うには、数年前にスラム街に現れた老人の話したユダヤ教由来の教えが起こりで、そこから広まった。そして、その教えに含まれる不殺生などがスラムの住民への抑制になっているらしい。
また、老婆の教えはそれだけでなく、中には少し奇妙なものも存在しており、依頼の本題は特に”奇妙な唯一神イオグについてだ。私はその名を聞いて肩透かしを食らった気分になった。通常、ユダヤ教の唯一神と言えばヤハウェとされているが、その部分は異なるらしい。教えによれば、唯一神イオグは、恐ろしい邪神で、彼の前、ないしはこの地球で殺生を行えば怒りを買い、輪廻転生が許されなくなってしまうのだそうだ。なんとも、馬鹿げた話だと私は思った。どうせ薬打った狂人の戯言か、政府のスラム改善政策の一環だろうと。実際、彼自身もそれには同感らしいのだ。きっと、スラムの住民が皆狂気の境地に至ったのだろう、などと考えていたのだが、初めて教えを説かれた時に感じた、またなんとも奇妙な好奇心が、今になってこの宗教を調べようと思い立ったきっかけとなった。
チャーターは語る。人生は好奇心からスタートすると。人は赤ん坊の時、物やおもちゃを触る時、誰かに指示されたり、合理的な考えを持ってその手に掴むのだろうか?否、人が何かを手にするとき、意思を突き動かすのは好奇心である。人は好奇心さえあれば空をも飛ぶのだ。男チャーターはこの奇妙で恐ろしいとさえ思える宗教に、好奇心を抱いた。そして、突き動かされるがままに、この探偵へブル・ライアンの元を訪れたのだ。
ここまで話を聞いていて、チャーターの話はどこかうすぼんやりとしている、と私は感じた。恐らく、彼自身この宗教について、詳しくは知らないのだろう。事前情報もろくに用意せず、好奇心に身を任せてこちらに丸投げとは、随分自分勝手な野郎だ。しかし探偵としては、この話は実に興味深い。関心を引かれてしまっているのだ。それにマネーの方も、計画性が無い割には多額用意されていたから、断るわけにはいかない。私は彼にコーヒーを差し出して、またゆっくり話を聞いた。彼の持ち込んできた情報は、強烈な苦みと甘美で芳しい香りを纏っていた。




