夜が動き出す
夜は、まだ続いていた。
だが、その静けさはもう同じものではなかった。
空気の奥に、確かに何かが混じっている。
ミリアは窓から離れない。
視線は闇の一点に固定されていた。
遠くで金属が擦れるような音がした。
小さい。だが自然ではない。
タケトシも気づいている。
だが声には出さない。
確認するように、わずかに位置を変える。
「……来ているな」
低く呟いた。
ミリアは答えない。
代わりに呼吸が浅くなる。
恐怖ではない。
戦う前の身体の準備。
筋肉が静かに固まり、視界の端の情報を拾い始める。
それは訓練ではない。
島で身についた生存の反応だった。
建物の外で足音が止まる。
今度ははっきりと分かる。
ひとりではない。
複数。
配置を探るように、気配が散る。
ミリアは目を閉じた。
視覚よりも、別の感覚を優先するために。
位置が浮かぶ。
距離が測れる。
動きの癖が分かる。
それは考えているのではない。
身体が勝手に理解している。
「外に出る」
ミリアが言う。
タケトシはすぐに否定しない。
判断を見ている。
「まだだ」
短く返した。
焦りは禁物だと分かっている。
相手は待っている。
こちらの出方を。
それは狩りの形だ。
ミリアも理解している。
だから、扉には向かわない。
代わりに、壁際の暗がりへと静かに移動した。
光に対して背を向ける。
姿を消すためではない。
相手に見せる情報を制限するためだ。
外で小さな声が交わされる。
言葉までは聞き取れない。
だが、意図は分かる。
確認。
位置共有。
突入準備。
タケトシは机の上に置かれていた灯りを消した。
部屋が闇に沈む。
ミリアの瞳が、わずかに光を拾う。
暗闇は不利ではない。
むしろ島では、それが普通だった。
外の気配が動く。
円を描くように、建物を囲む。
逃げ道の封鎖。
退路の切断。
完璧ではない。
だが訓練された動きだ。
ミリアの胸の奥に、奇妙な感覚が生まれる。
恐怖でも緊張でもない。
懐かしさに近いもの。
戦いが始まる前の静寂。
そしてその先にあるものを、彼女は知っている。
壊れる音。
崩れる声。
消える命。
それでも、今は違う。
ここは島ではない。
守るものがある。
タケトシが小さく息を吐く。
「……来るぞ」
その瞬間だった。
窓の外で影が走る。
同時に、建物の裏側で何かが破られる音が響いた。




