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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第1章 ここに、いていい

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呼ばれた名前

 次の日も、同じ部屋の前を通った。


 通るつもりはなかった。気づいたら、足がそっちへ向いていた。自分でも理由が分からない。ただ、昨日の場所が、頭から離れなかった。


 扉は、少しだけ開いていた。


 中から、音がする。転がる音。小さな笑い声。胸の奥が、きゅっと鳴った。


 私は、立ち止まる。


 入っていいのか、分からない。昨日は、たまたまだった。今日は、違う。自分から近づくことになる。


 後ろを振り返る。


 廊下の向こうに、タケトシがいた。離れた場所に立って、こちらを見ている。呼び止めない。近づいてもこない。


 私は、息をひとつ吐いて、扉の前に立った。


 中にいたのは、昨日の子どもたちだった。床に座って、何かを並べている。私がいることに、すぐには気づかない。


 私は、音を立てないように一歩入った。


 そのとき、ひとりが顔を上げた。


「……あ」


 短い声。


 もうひとりも、こちらを見る。


 視線が、重なる。


 昨日と同じ。なのに、昨日より、少しだけ違う。逃げたい、よりも、ここに居たい、が勝っている。


「ミリア」


 名前を呼ばれた。


 呼び捨てだった。でも、乱暴な感じはしない。ただ、確認するみたいな声。


 私は、頷いた。


「きょうも、きた」


 それは、質問じゃなかった。事実を並べただけの言い方だった。


 私は、何も言えない。


 子どもは、少し考えてから言った。


「すわる?」


 指で、床の空いている場所を指す。


 私は、床を見る。自分の足を見る。逃げ道を探す癖が、少し遅れて動く。


 ゆっくり、腰を下ろした。


 床は、冷たくない。


 子どもが、並べていたものを見せてくる。色のついた積み木だった。角が丸い。ぶつかっても、痛くなさそうだ。


「これ、いえ」


 積み木を積み上げる。倒れる。笑う。


 私は、見ているだけだった。


 見ているだけで、許されている。


 それが、不思議だった。


 しばらくして、もうひとりの子が、私の腕を見る。じっと、見る。


 私は、身体を固くする。


 でも、その子は、怖がる顔をしなかった。


「……いたい?」


 短い言葉。


 私は、少し考えてから、首を振った。


 嘘ではなかった。もう、痛みには慣れていた。


「そっか」


 それで終わりだった。


 理由も、評価も、なかった。


 積み木が、ひとつ転がって、私の足元に来る。


 拾う。


 子どもに渡す。


「ありがと」


 その言葉が、当たり前みたいに落ちてくる。


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


 扉の外で、誰かの足音がした。


 子どもたちが、そっちを見る。


 私は、反射で身構えた。


 でも、何も起きない。


 誰も、私を見ない。


 私は、その場にいる。


 ただ、ミリアとして。


 それが、昨日よりも、少しだけ、自然だった。

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