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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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声にならない予感

 倉庫街を抜けた後も、ミリアの背中の感覚は消えなかった。


 誰かに見られている。


 その気配だけが、静かに張りついている。


 夜の空気は落ち着いているのに、身体の奥だけが緊張していた。


 歩きながら、呼吸を整える。


 戦いは終わっている。


 壊したものも、殺した者もいない。


 それなのに、終わっていない気がする。


 その理由が分からない。


 後ろから、足音が続く。


 小さく、一定のリズム。


 振り向かなくても分かる。


 あの子供だ。


 助けたはずの存在。


 守ったはずの存在。


 だが、安心は生まれなかった。


 むしろ、警戒が続いている。


 足を止める。


 子供も止まる。


 距離は変わらない。


 近づこうともしない。


 離れようともしない。


 ただ、そこにいる。


「……どうして、ついてくる」


 ミリアは振り向かずに言った。


 声は低い。


 問いではなく、確認に近い。


 子供は答えない。


 ただ、視線をわずかに動かした。


 その動きに、違和感があった。


 速すぎるわけでもない。


 遅すぎるわけでもない。


 だが、人の動きではなかった。


 ミリアの呼吸が止まる。


 身体が、本能的に構える。


 敵意は感じない。


 恐怖でもない。


 もっと深い、生存に関わる感覚。


 タケトシが歩みを止める。


「……行くぞ」


 声はいつも通りだった。


 だが、わずかに鋭い。


 ミリアは頷く。


 再び歩き出す。


 子供も動く。


 同じ距離を保ったまま。


 その足音は、不自然なほど静かだった。


 夜の街は無人に近い。


 遠くで、何かが擦れる音がする。


 風ではない。


 生き物の動きでもない。


 記憶の奥にある音。


 思い出そうとした瞬間、頭の奥が軋む。


 思考が拒絶される。


 子供が突然、足を止めた。


 ミリアも止まる。


 振り返る。


 子供は、ミリアを見ていなかった。


 さらに奥。


 闇の向こうを見ている。


 何もないはずの方向。


 だが、その目は確かに何かを捉えていた。


 ミリアの背中を、冷たいものが走る。


 次の瞬間。


 子供の唇が、わずかに動いた。


 声は出ない。


 だが、形ははっきりしていた。


 ――来る。


 夜の空気が変わる。


 見えない何かが、確実に近づいている。


 ミリアは理解する。


 これは、今始まったものではない。


 ずっと前から続いていたものだと。


 そして今、それが動き出したのだと。

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