残る感触
倉庫街を出る頃には、夜の空気が少しだけ柔らいでいた。
さっきまでの張り詰めた緊張は消えている。
けれど、身体の奥には別の感覚が残っていた。
重さではない。
痛みでもない。
ただ、消えない。
握っていた手を、ようやく離す。
子供は何も言わなかった。
ただ、ミリアの服の端を見つめている。
離れてもいいはずなのに、離れない。
「……大丈夫」
ミリアは言った。
自分に言い聞かせるように。
言葉はまだ上手く使えない。
それでも、伝えようとする意思だけは確かにあった。
歩きながら、足元を見る。
戦いの後の地面は、変わらない。
血も、壊れたものも、ここにはない。
それなのに、記憶の中の風景が重なってくる。
島の夜。
腐敗の匂い。
静まり返った空気。
――違う。
ここは違う。
そう思うほど、胸の奥がざわついた。
「……寒い?」
タケトシが言う。
振り向かないまま。
ミリアは首を横に振る。
寒さではない。
何かが、少しずつ近づいてくる感覚。
見えないまま。
触れられないまま。
けれど確実に、そこにある。
倉庫街の外灯が、ひとつだけ点滅した。
その明かりの下で、ミリアは一度立ち止まる。
視線を上げる。
誰もいない。
風も動いていない。
それでも、背中がざわついた。
見られている。
そう思った瞬間、思考が途切れる。
考えることを、身体が拒否する。
タケトシが振り返る。
「どうした」
問いは短い。
ミリアは首を振る。
「……なんでもない」
言葉は自然に出た。
それが少しだけ、不思議だった。
歩き出す。
さっきよりも、ゆっくりと。
子供が後ろからついてくる。
その足音が、妙に小さく感じた。
守ったはずなのに。
まだ何かが終わっていない。
そんな感覚だけが、残り続けている。
夜の空は静かだった。
だが、どこかで確かに何かが動いていた。
まだ、誰も知らないまま。




