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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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守るための距離

 銃口が、ゆっくりと持ち上がる。


 暗がりの中で、金属がわずかに光った。

 男たちは躊躇しなかった。

 目の前にいるのが子供だろうと関係ない。


 その目は、最初から「獲物」を見ていた。


「そこをどけ」


 低い声が響く。


 ミリアは動かない。


 背中に感じる小さな震え。

 指に伝わる体温。

 それだけが、今の現実だった。


 逃げることはできる。

 この距離なら振り切ることも可能だ。


 でも、それでは守れない。


 その答えだけが、はっきりしていた。


「……下がって」


 小さく言う。


 子供は離れない。

 むしろ、さらに服を掴む力を強めた。


 ミリアは一度だけ息を吐く。


 戦う感覚が身体に戻る。

 だがそれは、島の頃のそれとは違った。


 壊すためではない。

 止めるための動き。


 男の指が引き金にかかる。


 その瞬間、ミリアは踏み込んだ。


 床を蹴る音が遅れて響く。


 銃声は鳴らない。

 鳴る前に、手首を払っていた。


 骨の位置を正確に捉える。

 力を最小限に抑える。


 それでも、男の身体は簡単に崩れた。


「なっ――」


 二人目が反応する。


 ミリアは振り向かない。


 背中にいる存在を絶対に動かさない位置に立つ。


 距離を詰める。

 踏み込みは浅い。

 だが速い。


 視界の外から入るように動く。


 男の呼吸が乱れる。


 次の瞬間、銃が床に落ちた。


 乾いた音が夜に吸い込まれる。


 ミリアは止まる。

 追撃しない。


 倒れた男たちを見下ろすこともしない。

 ただ、子供の手を握ったまま立っていた。


「……終わった」


 声は思っていたより静かだった。


 タケトシが一歩近づく。


 表情は変わらない。

 だが視線だけが、わずかに深くなる。


「……今のは」


 問いかけは最後まで言われない。


 ミリアは答えない。

 言葉にできる感覚ではなかった。


 壊していない。

 それだけは分かる。


 島の戦いとは違う。

 この動きは、確かに何かが違った。


 風が止む。


 倉庫街の奥で、何かが軋む音がした。


 タケトシの視線がそちらへ向く。

 ミリアも同じ方向を見る。


 誰もいない。


 だが、確かに何かがあった。


 気配だけが残っている。


「……戻る」


 タケトシが言う。


 ミリアは頷く。


 歩き出す。


 だが胸の奥に、微かな違和感が残る。


 戦いの余韻ではない。

 見られていた感覚だった。


 それは初めて感じるものではない。


 どこかで、知っている。


 思い出そうとすると、身体が拒否する。


 記憶の奥に沈めたものが、わずかに動く。


 ミリアは歩く。

 足を止めない。


 だが確実に何かが近づいていた。


 まだ、姿を見せないまま。

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