近づく声
部屋を出ると、少し冷たい空気が流れてきた。廊下の奥から、声が聞こえる。低い声と、高い声が混ざっている。誰かが話している。
私は足を止めた。近づいていいのか分からない。近づいたら、何かが起きる気がした。
タケトシは、私の少し後ろに立っている。何も言わない。行け、とも、行くな、とも言わない。その距離が、判断を私に任せていると分かった。
私は、ゆっくり一歩踏み出した。
角を曲がると、小さな部屋が見えた。椅子がいくつか並んでいる。壁に貼られた紙と、色のついた絵。島にはなかったものばかりだ。
そこに、子どもがいた。二人。どちらも私より少し小さい。床に座って、何かを転がしている。笑っている。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
音を立ててはいけない。見つかってはいけない。身体が、勝手にそう判断する。
でも、ひとりの子が顔を上げた。目が合う。時間が、止まったみたいに感じた。
その子は、驚いた顔をしたあと、首をかしげた。
「……だれ?」
声が、まっすぐ飛んでくる。逃げ場がない。私は、喉が鳴るのを感じた。言葉が、出てこない。
もうひとりの子が、私を見る。視線が、私の腕、足、顔へと動く。傷に、気づいたのが分かる。空気が、変わる。
私は、身構えた。
タケトシが、静かに言った。
「この子は、ミリアだ」
名前を呼ばれる。その音が、胸の中で跳ねた。
子どもは、私を見る。
「ミリア?」
私は、小さく頷いた。それだけで、息が苦しい。
「ふうん」
その子は、それ以上何も言わなかった。怖がる様子も、避ける様子もない。ただ、興味がある、という顔だった。
もうひとりの子が、床に転がっていたものを拾い上げる。丸くて、軽そうだ。
「これ、やる?」
差し出される。私は動けない。罠かもしれない。触れたら、何かが起きるかもしれない。でも、その子の手は震えていない。匂いも、違う。
私は、ゆっくり手を伸ばして受け取った。軽い。ただ、それだけだった。
何も起きない。
子どもは、笑った。
私は、どうしていいか分からず、ただ立っていた。胸の奥で、何かが小さく音を立てた。
壊れる音じゃない。
初めて聞く音だった。




