55/71
観察する者
夜の屋上は風が強かった。
街の灯りが遠く滲み、下では車の流れが絶えず続いている。
双眼鏡を下ろし、視線の先をもう一度確かめる。
白い建物の三階。薄く灯った窓の光。
昨日、紙を置いた場所だ。
室内では二人が動いている。
男は机の前で淡々と資料を整理し、少女は窓際に立つ時間が長い。
以前のように外を避ける仕草はない。外を測るように、静かに視線を置いている。
双眼鏡を再び構える。
少女が窓の外を見る。
距離は十分にある。それでも、わずかに背筋が張る瞬間がある。
感覚は鈍っていない。
紙に記した一文を思い出す。
――揺れは、小さい。
あれは感想ではない。事実の記録だ。
境界に立ったまま、踏み外さずにいる。
双眼鏡を下ろす。
風が頬を打つ。
焦る必要はない。
距離を保ったまま、少しずつ近づけばいい。
やがて少女は、はっきりとこちらを意識する。そのときの目を見たい。
ポケットから端末を取り出し、短い文を打ち込む。
――接触は、まだ。
送信して間もなく、了承の一文が返る。
それだけで十分だった。
屋上の縁から一歩離れる。
三階の窓は、まだ光っている。
観察は続く。
今は、それで足りる。




