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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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揺らぎ

捕縛した男を引き渡し、書類の確認を終えた頃には、

空の色がわずかに変わっていた。


白かった光が少しだけ柔らぎ、

昼の輪郭が曖昧になりつつある。


任務は問題なく完了した。

報告にも齟齬はない。


それでも、胸の奥のざわめきだけが消えなかった。


「さっきの視線か」


帰路の車内で、

タケトシが前を見たまま言う。


「……うん」


否定はしない。

口にすれば、あの感覚に形を与えてしまいそうだった。


「偶然ではない可能性が高い。

動きが早い。

こちらの任務を把握している可能性もある」


その言葉に、胸の奥がわずかに冷える。


私たちはまだ何も仕掛けていない。

それなのに、見られている。


結果だけでなく、

選び方まで測られているような感覚が残る。


車が信号で止まる。


窓の外には、

歩道を行き交う人々の姿がある。


自転車を押す人。

買い物袋を下げた女性。

無邪気に笑う子ども。


変わらない日常だ。


だが、その中に紛れているかもしれない。


あの視線の主が。


「しばらくは慎重に動く」


タケトシが言う。


「任務は続ける?」


「止める理由はない。ただ、無理はするな」


頷く。


壊さない。

殺さない。


その選び方を、

誰かが見ている。


事務所に戻ると、

机の上に白い封筒が置かれていた。


差出人の記載はない。


タケトシが中身を確認し、

無言で私に差し出す。


一枚の写真。


今日の路地で、

私が男を押さえ込んでいる瞬間が切り取られている。


斜め上からの構図。

距離は近い。

鮮明だ。


「……」


言葉が出ない。


撮られていた。


あの視線は、確かだった。


写真の裏には、

短い一文。


――選び方は悪くない。


それだけだ。


署名はない。


けれど、

その言葉の落ち着きにはどこか覚えがあった。


責めるでもなく、

賞賛するでもない。


ただ“まだ”という含みだけを残している。


胸の奥に、

冷たさとは違う熱が灯る。


「反応するな。挑発か確認だ」


タケトシの声は低い。


「……分かってる」


写真を見つめる。


壊さなかったこと。

殺さなかったこと。

あの一瞬の迷い。


すべて、切り取られている。


孤島のときとは違う。


あのときは、生きるためだった。


今は、選んでいる。


その選択を、

誰かが静かに測っている。


写真を封筒に戻し、

机の上に置く。


揺れているのは状況ではない。


私の中の境界だ。


そう気づいたとき、

胸の奥に小さな熱が残った。

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