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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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捕える距離

黒い車の残像が、まだ頭の隅に残っている。


それでも任務は予定通り進む。


現場は住宅街の外れだった。


昼前の空は白く、光が薄い。


対象は裏路地に出入りしていると報告されている。


売買の仲介。

違法薬物の受け渡し。

末端だが、放置はできない。


今回は捕縛。

排除ではない。


「焦るな」


車を降りる前、タケトシが静かに言った。


「分かってる」


そう答えながら、手のひらを一度だけ握る。


殺さない。

止める。


それだけを、身体に言い聞かせる。


路地は狭く、洗濯物が低く垂れている。


足音を殺して角を曲がると、フードを被った男が壁際に立っていた。


スマートフォンに目を落としている。


周囲に仲間の気配はない。


呼吸を整え、間合いを測る。


三歩で届く距離だった。


一歩踏み出した瞬間、男が顔を上げる。


目が合い、次の瞬間には踵を返していた。


反射的に追う。


距離はすぐに詰まる。


だが、力任せに押さえれば壊してしまう。


伸ばした手が腕を掴み、振り払われる。


蹴りが飛んできたが、半歩引いてかわす。


体勢を崩さず、そのまま踏み込み、肩口に体重を預ける。


押さえ込める。


そのはずだった。


けれど、背中の奥にあの感覚が走る。


見られている。


ほんの一瞬、意識が逸れた。


男が体を捻り、再び走り出す。


追いすがり、足を払う。


男は体勢を崩し、地面に倒れた。


起き上がる前に押さえ込み、腕を背中へ回して関節を固定する。


「動かないで」


声は思ったより静かだった。


暴れようとする力を受け止めながら、加減を探る。


折らない。

壊さない。


拘束具を取り出し、手首を固定する。


金属音が路地に響いた。


「……くそっ」


男の声が震える。


恐怖が、はっきりと伝わる。


一瞬だけ、孤島の光景がよぎる。


違う。


これは違う。


私は選んでいる。


拘束を終えると、タケトシが歩み寄ってきた。


「問題ないな」


「うん」


立ち上がり、自然に視線を上げる。


向かいのビルの屋上。


窓。


人影はない。


それでも、確かに感じる。


同じ視線。


さっきの一瞬。


迷ったことまで見透かされていたような感覚。


「どうした」


「……なんでもない」


捕縛は成功した。


壊さなかった。

殺さなかった。


それでも胸の奥は静まらない。


あの視線は、結果だけを見ているわけではない。


選び方を見ている。


風が吹き、洗濯物が揺れる。


その向こう側に、誰かがいる。


そんな確信だけが残った。

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