遅れた返事
夜の持ち場は、昼より静かだった。
風が冷たい。
音が遠い。
言われた位置に立つ。
それだけで、役目は果たせるはずだった。
「頼むな」
交代の男が言う。
私は、頷く。
それだけで済む関係になっていた。
灯りの届かない影が、足元に伸びている。
耳を澄ます。
異常はない。
それでも、胸の奥が落ち着かない。
理由は分からない。
昼間の子どもの目が、まだ残っている。
遠くで、物音がした。
小さく、短い。
身体が先に動く。
考えるより早く、足が踏み出す。
「……誰」
夜に溶ける声だった。
影の向こうで、何かが揺れる。
小さな背中。
昼間の子どもだった。
私は、足を止める。
ここは持ち場だ。
離れてはいけない。
分かっている。
でも、子どもは震えている。
寒さか、恐怖か。
どちらでも、同じに見えた。
私は、距離を詰める。
「ここにいたら、だめ」
昼と同じ言葉が出る。
子どもは、何も言わない。
ただ、私を見る。
持ち場が、少し遠くなる。
交代の時間までは、まだある。
問題も起きていない。
そう言い聞かせる。
私は、子どもの肩に手を伸ばす。
力は入れない。
そのとき。
「ミリア」
低い声が、夜を切った。
振り返る。
タケトシが立っている。
灯りの端に、輪郭だけが浮かぶ。
私は、手を離す。
持ち場を見る。
何も起きていない。
けれど、私はそこにいなかった。
ほんの数歩。
ほんの数秒。
それでも、離れた。
「……戻ります」
少しだけ、言葉が遅れる。
タケトシは、何も言わない。
責めるでもなく、庇うでもなく、
ただ、私を見ている。
その視線が、静かに残る。
私は、元の位置に戻る。
夜は何も起きない。
静かなままだ。
けれど、胸の奥がざらついている。
選ばなかったはずなのに。
身体だけが、先に動いていた。




