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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
使われる力

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頼っていい

 午後、呼ばれた。


 正確には、名前じゃない。

 呼び慣れた音でもない。


 でも、それが自分のことだと分かる呼び方だった。


「少し、手を貸してもらえますか」


 荷を抱えたまま、女が立っている。

 昨日、頭を下げてきた人だ。


 私は、すぐには答えなかった。


 断る理由も、引き受ける理由も見つからない。

 女は、私の返事を待つ。


 急かさない。

 困っている顔もしない。


 最初から、助けてもらえる前提みたいだった。


「危ないことじゃないです」


 そう付け足す。

 説明というより、確認だった。


 私は、頷いた。

 それで話は終わる。


 場所は、建物の裏手だった。


 人目はある。

 でも、誰も近づいてこない。


 私が来るのを、知っていたみたいに。


「ここ、最近物音がしてて」


 女が言う。


「見回りの人も来てるけど、夜までは手が回らないみたいで」


 状況の説明は、それだけだ。

 足りない。


 でも、足りなくていいとも思った。


 私は、壁際に近づく。

 目を凝らす。


 音は、確かにある。

 小さくて、不規則だ。


 動物か、人か。


 判断する前に、身体が反応する。

 昨日と同じ。


 考えるより先に、感覚が前に出る。


 私は、一歩踏み込んだ。


 女が、何も言わずに下がる。

 邪魔をしない距離。


 慣れている。

 それが、一番引っかかった。


 物陰から、影が動いた。


 小さな体。

 子どもだった。


 痩せている。

 汚れている。


 こちらを見る目だけが、やけに強い。


 私は、足を止める。

 手は出さない。


 出してはいけない気がした。


「……大丈夫」


 誰に向けた言葉か分からないまま、口に出る。


 子どもは、動かない。

 でも、逃げもしない。


 女が、後ろで息を詰めた。


 私は、振り返らない。

 今は、前を見る。


 ゆっくり距離を詰める。

 子どもが、身をすくめた。


 その反応で分かる。

 怖がられている。


 それが、当たり前みたいに。


 私は、歩みを止める。

 それ以上は、近づかない。


 代わりに、声を低くする。


「ここにいちゃ、だめだ」


 理由は言わない。

 説得もしない。


 ただ、事実だけを置く。


 子どもは、視線を逸らす。

 迷っている。


 その迷いに、触れない。


 しばらくして、子どもが動いた。


 壁伝いに、私から離れていく。

 走らない。

 振り返らない。


 影が、角の向こうに消えた。


 女が、息を吐く。


「……助かりました」


 今度は、はっきり言う。

 感謝の形だった。


 私は、何も返さなかった。


 何をしたのか、よく分からない。

 ただ、そこに立っていただけだ。


「頼っていいって、分かって安心しました」


 女は、そう言って去っていく。


 私は、その言葉を追わなかった。


 頼っていい。


 その響きが、胸に残る。

 優しい。


 でも、軽くはない。


 それは、お願いじゃない。

 確認だ。


 私は、ゆっくり息を吸う。

 吐く。


 身体の奥が、静かに動く。

 昨日より、はっきりと。


 私は、ここにいる。

 そういう存在として。

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