当然の顔
翌朝、私は少し早く目が覚めた。
理由は分からない。
眠りが浅かったわけでもない。
ただ、身体の奥が、静かに起きていた。
布団から出て、身支度を整える。
動きに迷いはない。
けれど、どこか他人事みたいだった。
廊下に出ると、人の気配がある。
声が低い。
朝の時間にしては、落ち着きすぎている。
食堂の前で、足を止めた。
中に入る前に、視線を感じる。
気のせいじゃない。
私は、そのまま扉を開けた。
中にいた人たちが、一斉にこちらを見る。
一瞬。
それだけで、十分だった。
驚きはない。
警戒もない。
ただ、確認する目だった。
私は、空いている席を探す。
昨日と同じ場所。
自然に、そこへ向かっていた。
腰を下ろすと、向かいの席の男が口を開いた。
「今日は、外に出るのか」
質問の形をしている。
けれど、答えはもう決まっているみたいだった。
私は、少し考える。
「……分かりません」
正直な答えだった。
男は、眉をわずかに動かした。
それだけだ。
否定も、追及もしない。
代わりに、別の声が続く。
「必要になったら、声をかける」
当たり前の調子だった。
予定の確認みたいに。
私は、頷かなかった。
でも、断りもしなかった。
それで話は終わる。
終わってしまう。
私は、食事に手を伸ばす。
味は、ちゃんとしている。
昨日と同じはずなのに、少し遠い。
食べ終わる頃には、周りの席が立ち始めていた。
誰も、私に声をかけない。
それでも、視線だけは残る。
外に出ると、空は高かった。
雲が、ゆっくり流れている。
私は、立ち止まる。
何かを待っているわけじゃない。
ただ、昨日のことを、もう一度なぞっているだけだ。
タケトシが、建物の影から出てくる。
昨日と同じ服。
同じ歩き方。
「起きてたか」
それだけ言う。
私は、頷いた。
タケトシは、私の顔を見る。
ほんの少し。
まるで、私そのものではなく、内側を確かめるみたいに。
すぐに視線を外す。
「今日は、様子見だ」
説明でも、指示でもない。
昨日のことが、まだ身体に残っているかを測っている。
そんな言い方だった。
私は、返事をしなかった。
でも、足は動く。
彼の横に並ぶ……ことはしない。
昨日と同じ。
半歩後ろ。
その距離が、もう当たり前になりかけている。
歩きながら、私は思う。
誰も、私に「やれ」とは言っていない。
それなのに、やる前提で話が進む。
それを、誰も不思議に思っていない。
私も、止めていない。
胸の奥で、何かが静かに鳴った。
嫌な音じゃない。
でも、好きでもない。
役に立つという感覚が、少しずつ形を持ち始めている。
その形が、私の輪郭に重なってくる。
私は、前を見る。
逃げる理由は、まだない。
でも、選んだ覚えもなかった。




