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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
使われる力

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半歩後ろ

 日が落ちる頃、荷車は戻ってきた。


 建物の灯りが見えた瞬間、肩の奥が少しだけ緩む。


 緩んだ分、重さが分かった。


 私は、まだ布袋を抱えている。


 中身は変わらないのに、腕だけが妙に疲れていた。


 降りると、人が集まってくる。


 誰も走らない。


 声も荒れない。


 それでも、視線だけが鋭い。


 私は、足を止めた。


 タケトシが、前に出る。


 いつもの位置取りだった。


「怪我は」


 誰かが聞いた。


「ない」


 タケトシが短く答える。


 それで会話は終わる。


 終わってしまう。


 私は、何も言っていないのに。


 視線が、私に集まる。


 避けられない。


 私は、手のひらを握った。


 まだ、痺れが残っている。


 あの感覚が、指に貼りついたままだ。


 誰かが、布袋を見た。


「装備は戻ったな」


 淡々とした声だった。


 私ではなく、物を確認するみたいな口調。


 私は、視線を落とす。


 布袋の口が、少し開いている。


 中の布が、わずかに擦れていた。


 その布袋は、私が準備したものだ。


 任務が一段落したからだと、頭では分かっている。


 それでも、手元から離れると思うと、胸の奥がざわついた。


 タケトシが、私の手から布袋を取った。


 無言で。


 私は、抵抗しなかった。


 それが、正しい流れだとも思った。


 けれど、受け取られた瞬間、何かを決められた気がした。


 軽くなった腕を、どうしていいか分からない。


 その場に立つことしかできない。


「報告は後でいい」


 タケトシが言う。


 誰に向けた言葉かは分からない。


 けれど、周りはすぐに引いた。


 散っていく。


 空気が、動き出す。


 私は、息を吐いた。


 吐いたのに、楽にはならない。


 タケトシが歩き出す。


 私は、少し遅れてついていく。


 並ばない。


 半歩後ろ。


 それが、今の距離だった。


 廊下を曲がったところで、タケトシが足を止めた。


「今日はもう休め」


 短い言葉。


 いつも通りの声。


 でも、目は私を見ていなかった。


 見ない方が楽だと、分かっているみたいに。


 私は、頷けなかった。


「……さっきの」


 口を開いた自分に、驚く。


 言葉が、勝手に出てきた。


 タケトシが、初めてこちらを見る。


 表情は変わらない。


 でも、待っている。


 私は、喉の奥が詰まるのを感じた。


「……生きてたんですか」


 自分の声が、遠い。


 タケトシは、すぐに答えなかった。


 視線を逸らし、短く息を吐く。


「死んでない」


 それだけだった。


 私は、息を吸う。


 吸ったのに、胸の奥は軽くならない。


「……良かった」


 そう言った自分が、嫌だった。


 良かったなんて、何が。


 私は、何を確かめたかったんだ。


 タケトシが、低く言う。


「お前が悪いわけじゃない」


 慰めじゃない。


 許しでもない。


 ただ、事実を置いただけの声だった。


 私は、答えなかった。


 答えられなかった。


 廊下の先で、誰かの笑い声がする。


 遠い。


 別の世界の音みたいだった。


 私は、その場に立ったまま、自分の手を見る。


 何も汚れていない。


 それでも、指先が重い。


 私の中で、何かが動き始めている。


 止め方が分からないまま。


 それを、世界が待っている。


 そんな気がした。

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