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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第2章 役に立つ力

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超えてしまった力

 荷車が止まったのは、日が傾き始めた頃だった。


 町外れだ。


 建物は少なく、道も荒れている。人の気配が、薄い。


 私は、布袋を抱えたまま地面に降りた。


 足元の土は柔らかく、踏みしめるたびにわずかに沈む。


 タケトシが、周囲を一瞥した。


 短く息を吐く。


 それだけで、何かがおかしいと分かった。


 遠くで、物音がした。


 金属が擦れるような音。誰かが、低く叫ぶ声。


 私は、反射的に足を止める。


 タケトシが、前に出た。


 私を背にかばう位置だ。


 言葉はなかった。


 次の瞬間、影が飛び出してきた。


 人影だ。


 数は、分からない。距離が、近い。


 思考より先に、体が動いた。


 私は、一歩踏み出していた。


 布袋を、地面に落とす。


 足に、力を込める。


 胸の奥で、何かがざわついた。


 懐かしい感覚だった。


 島で、何度も感じたもの。


「ミリア——」


 タケトシの声が、途中で切れる。


 私は、もう止まれなかった。


 距離を詰める。


 近づく影が、怯えたように身を引いた。


 次の瞬間、私はその場にいた。


 相手の腕を掴み、地面に叩きつける。


 鈍い音が、響いた。


 悲鳴は、上がらない。


 相手は、動かなくなった。


 周囲が、静まり返る。


 私は、息を荒くしながら立ち尽くしていた。


 手が、震えている。


 視界の端で、別の影が逃げていくのが見えた。


 追わなかった。


 追えなかった。


 タケトシが、ゆっくり近づいてくる。


 私の前に立ち、視線を遮った。


 その動きは、慎重で、壊れ物に触れるみたいだった。


「……大丈夫か」


 低い声だった。


 私は、答えられなかった。


 胸の奥が、重い。


 息が、うまく入らない。


 倒れた相手を、見てしまう。


 生きているか、分からない。


 分からないままでいいと思ってしまう自分が、怖かった。


 タケトシは、私の前に立ったまま言った。


「もう、下がれ」


 命令ではない。


 でも、選択肢は一つしかなかった。


 私は、一歩下がる。


 足が、もつれそうになる。


 背後で、誰かが駆け寄ってくる音がした。


 助けを呼ぶ声。


 状況が、ゆっくりと片付いていく。


 私は、その場に立ったまま、手を見る。


 力を入れた指先が、まだ痺れていた。


 越えてしまった。


 そう思った。


 何を、とは分からない。


 でも、確かに。


 もう、同じ場所には戻れない。


 タケトシが、静かに言った。


「……これで、終わりだ」


 その言葉が、何を指しているのか。


 私は、まだ理解できなかった。


 ただ、夕暮れの空が、やけに遠く見えた。

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