表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第1章 ここに、いていい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

文明世界の匂い(1)

 目を開けると、天井があった。白い。島の空とは、ぜんぜん違う。私はしばらく動かなかった。動いていいのか分からなかった。ここでは、島と同じようにしていいのかが分からない。


 耳を澄ますと、遠くで音がした。規則正しい音が一定の間隔で続いている。カチ、カチ、カチ。島にはなかった音だ。それだけで胸の奥が少し苦しくなる。理由は分からない。ただ、落ち着かない。


 息を吸う。薬の匂い、布の匂い、知らない匂いが混ざっている。でも、腐った匂いじゃない。ハエの匂いでもない。そのことに気づいた瞬間、喉の奥がきゅっと縮んだ。


 私はゆっくり身体を起こした。白い布に包まれている。ちゃんとした服だった。指でつまむと布は破れない。島の服は、すぐ破れた。ここは違う。全部、違う。


 違いすぎて、怖い。


 小さな音がして、扉が開いた。男が入ってくる。タケトシ。名前を思い出すのに少し時間がかかった。でも、その声は覚えている。


「起きたか」


 私は小さく頷いた。声は出ない。


「無理に喋らなくていい」


 タケトシは私から少し離れたところで止まる。近づかない。その距離が、助かる。


「ここは医療施設だ。しばらく、ここで様子を見る」


 医療。言葉の意味は全部は分からない。でも、島にない場所だということは分かる。


 タケトシは椅子に座った。音を立てないように。私を見る。でも、じっと見すぎない。


「怖いか」


 答え方が分からない。私は少し考えてから、頷いた。


「そうか」


 それだけ言って、タケトシは口を閉じる。


 外から声が聞こえる。知らない人の声と足音。何人もいる。私は反射で肩をすくめた。身体が勝手に固くなる。


「大丈夫だ。ここには、もうお前を傷つけるものはいない」


 その言葉に私は少しだけ安堵した。島では、敵しかいなかった。


「ここでは、戦わなくていい」


 戦わなくていい。その意味が分からない。戦わないと、生きられなかった。私はシーツを強く握った。指が白くなる。


「……ゆっくりでいい」


 ゆっくり。島には、そんな時間はなかった。


 窓のほうを見る。外が明るい。光がガラスを通して入ってくる。割れないガラスが、外と中をきちんと分けている。島にはなかったものだ。


 窓に近づきたいと思った。でも、身体が動かない。動いたら、何かが起きる気がした。


 タケトシが立ち上がり、私から少し離れたままカーテンを開ける。


 外が見えた。建物、道、動く箱、人。たくさんの人がいる。誰も武器を持っていない。誰も血にまみれていない。


 それなのに、みんな普通に歩いている。


 頭が追いつかない。胸の奥がざわざわする。


「ここが……外の世界だ」


 外。島の外。私は知らない世界を見ている。その世界に、私は立っている。


「今日は、見るだけでいい」


 見るだけ。それなら、できる気がした。


 私はもう一度、窓の外を見る。人の世界。音も匂いも動きも、全部ちがう。


 怖い。


 でも、ハエがいない。


 そのことに気づいて、胸の奥が少しだけ軽くなった。私はまだ、ここにいていいのかもしれない。そんな気が、ほんの少しだけした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ