文明世界の匂い(1)
目を開けると、天井があった。白い。島の空とは、ぜんぜん違う。私はしばらく動かなかった。動いていいのか分からなかった。ここでは、島と同じようにしていいのかが分からない。
耳を澄ますと、遠くで音がした。規則正しい音が一定の間隔で続いている。カチ、カチ、カチ。島にはなかった音だ。それだけで胸の奥が少し苦しくなる。理由は分からない。ただ、落ち着かない。
息を吸う。薬の匂い、布の匂い、知らない匂いが混ざっている。でも、腐った匂いじゃない。ハエの匂いでもない。そのことに気づいた瞬間、喉の奥がきゅっと縮んだ。
私はゆっくり身体を起こした。白い布に包まれている。ちゃんとした服だった。指でつまむと布は破れない。島の服は、すぐ破れた。ここは違う。全部、違う。
違いすぎて、怖い。
小さな音がして、扉が開いた。男が入ってくる。タケトシ。名前を思い出すのに少し時間がかかった。でも、その声は覚えている。
「起きたか」
私は小さく頷いた。声は出ない。
「無理に喋らなくていい」
タケトシは私から少し離れたところで止まる。近づかない。その距離が、助かる。
「ここは医療施設だ。しばらく、ここで様子を見る」
医療。言葉の意味は全部は分からない。でも、島にない場所だということは分かる。
タケトシは椅子に座った。音を立てないように。私を見る。でも、じっと見すぎない。
「怖いか」
答え方が分からない。私は少し考えてから、頷いた。
「そうか」
それだけ言って、タケトシは口を閉じる。
外から声が聞こえる。知らない人の声と足音。何人もいる。私は反射で肩をすくめた。身体が勝手に固くなる。
「大丈夫だ。ここには、もうお前を傷つけるものはいない」
その言葉に私は少しだけ安堵した。島では、敵しかいなかった。
「ここでは、戦わなくていい」
戦わなくていい。その意味が分からない。戦わないと、生きられなかった。私はシーツを強く握った。指が白くなる。
「……ゆっくりでいい」
ゆっくり。島には、そんな時間はなかった。
窓のほうを見る。外が明るい。光がガラスを通して入ってくる。割れないガラスが、外と中をきちんと分けている。島にはなかったものだ。
窓に近づきたいと思った。でも、身体が動かない。動いたら、何かが起きる気がした。
タケトシが立ち上がり、私から少し離れたままカーテンを開ける。
外が見えた。建物、道、動く箱、人。たくさんの人がいる。誰も武器を持っていない。誰も血にまみれていない。
それなのに、みんな普通に歩いている。
頭が追いつかない。胸の奥がざわざわする。
「ここが……外の世界だ」
外。島の外。私は知らない世界を見ている。その世界に、私は立っている。
「今日は、見るだけでいい」
見るだけ。それなら、できる気がした。
私はもう一度、窓の外を見る。人の世界。音も匂いも動きも、全部ちがう。
怖い。
でも、ハエがいない。
そのことに気づいて、胸の奥が少しだけ軽くなった。私はまだ、ここにいていいのかもしれない。そんな気が、ほんの少しだけした。




