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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第2章 役に立つ力

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線の内側

 夜になって、タケトシが部屋を訪ねてきた。


 ノックは一度だけ。


 私は返事をして、扉を開ける。


 タケトシは、廊下に立ったまま言った。


「明日までだそうだな」


 もう、知っている。


 それでも、胸の奥が少しだけ沈んだ。


 中へ入るよう促すと、タケトシは首を振る。


「長い話じゃない」


 私は、そのまま扉のそばに立った。


「内容は聞いたか」


「……条件だけです」


 タケトシは、短く息を吐く。


「十分だ」


 意外だった。


 私は、何も言わない。


「今回の仕事は、急ぎではあるが、切迫してはいない」


 言い切る。


「今すぐ誰かが死ぬ状況じゃない。ただ、放っておくと、確実に歪む」


 歪む。


 その言葉が、引っかかる。


「正規の部隊を入れると、余計に荒れる場所だ。だから、表に出ない形で処理する」


 表に出ない。


 私は、その言葉を反芻した。


「踏み越えなくていい一線がある」


 タケトシは、そう言った。


「今回、そこまで行く必要はない」


 私は、少しだけ息を吸う。


 それでも、完全には楽にならない。


「行かない選択も、まだ残っている」


 確認するような口調だった。


 私は、頷く。


 分かっている。


 でも。


「……怖くないですか」


 気づいたら、そう聞いていた。


 タケトシは、少しだけ間を置いた。


「怖い」


 短い答え。


「だから、線を決める」


 それだけだった。


 タケトシは、扉の外へ視線を向ける。


「考えろ。答えは、急がなくていい。ただし、期限は守れ」


 言うことは、それだけだ。


 踵を返して、廊下を歩いていく。


 私は、扉を閉めなかった。


 閉める理由が、なかった。


 部屋に戻る。


 ベッドに腰を下ろす。


 踏み越えなくていい線。


 表に出さない仕事。


 それでも、行けば何かが変わる。


 私は、膝の上で手を握った。


 怖い。


 でも。


 その怖さが、私を止める理由にはならなかった。

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