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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第1章 ここに、いていい

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救助のあとで

 エンジンの音が、鼓膜の奥で震えていた。


 私はヘリの床に横たえられていた。シートにも座れない。

 身体は重く、動かせない。ただ揺れだけが、現実だった。


 プロペラの風が髪を乱す。

 周りの大人たちの声が、遠い。水の底から聞こえるみたいに歪んでいた。


「脈は弱いが安定してる!」

「この歳で……よく……」

「何日あそこに……」


 誰の声なのか、分からない。言葉の意味も、うまく入ってこない。


 すぐそばに、ひとりの男がいた。

 膝を折って座り、私を見ている。近いのに、触れてこない。

 その距離が、少しだけ楽だった。


「……聞こえるか?」


 私は目だけ動かして、その男を見る。声は出ない。


「大丈夫だ。すぐに安全な場所へ行く」


 安全。その言葉は、私の中に入ってこない。

 そんなものは、島にはなかった。


 ヘリが揺れた。私は反射で身体を縮める。

 息が浅くなる。


 男の手が動く。でも、触らない。

 触れようとして、やめる。それだけで、少し息ができた。


(……触られたくない……)

 でも、ひとりも嫌だった。


 やがてヘリが降り、私は担架へ移された。


 白い天井。白い服。眩しい光。

 匂いが違う。島と違う。知らない匂い。怖い。


「刺激するな!」

「混乱状態だ、慎重に!」

「鎮静、少量で!」


 手が伸びてくる。その瞬間――身体が勝手に動いた。


 腕を振り払う。起き上がる。距離を取る。

 息が荒くなる。


 周りの空気が固まった。怖い匂いが増える。


「坂本さん、下がって!」


 誰かが叫ぶ。でも男は下がらない。私の前に立った。


「やめろ。触れるな」


 男の声だった。強い声。でも、私には届く。


 男が私と白い服の人たちの間に身体を入れる。

 白い服の人たちが、戸惑って止まる。


「いまは触るな。落ち着くまで、俺が見る」


 白い服の人たちが、少し下がった。


 男が、ゆっくりしゃがむ。目線を合わせる。


「……俺は坂本だ」

 短く言って、少し迷ってから続ける。

「タケトシ。そう呼べ」


 名前。胸の奥が、少しだけざわつく。でも、嫌じゃない。


「ここは安全だ。もう誰もお前を傷つけない」


(ほんとうに……?)


 言葉は出ない。でもタケトシは分かったみたいに、息を吐いた。


「身元不明です。記録上、呼称が必要です」


 白い服の人の声。


 タケトシが一瞬だけ黙り、それから私を見る。


「……仮でいい。ミリア。そう記録してくれ」


 ミリア。

 音が、胸の奥に落ちる。私の中に、何かの場所ができた気がした。


「落ち着いたら……しばらく俺のところに来るか?」


 私は、少しだけ頷いた。

 理由は分からない。ただ、この人の声が、いちばん静かだった。


 医療室のベッドに横になる。

 天井の白が、まだ怖い。


 でもタケトシがいる。触れない距離で、そこにいる。


 私は、ゆっくり目を閉じた。


 島ではできなかった。

 静かに落ちる眠り。温かい眠り。


 そのときだけ、私は生きていてもいい気がした。

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