役に立ったということ
建物に戻るころには、空が少し暗くなっていた。
中に入ると、空気が違う。森の湿り気はなく、代わりに人の匂いがする。私は、靴底についた土を見ていた。
子どもは、別の部屋に連れていかれる。
泣き声は、聞こえない。
それだけで、周囲の肩から力が抜けるのが分かった。
「よくやったな」
声が、上から落ちてくる。
私は、顔を上げなかった。
「早かった」
「判断も正確だった」
言葉が、次々に重なる。
評価。
私は、その中に立っている。
でも、受け取る場所が見つからない。
タケトシが、少し遅れて入ってきた。
視線が、一瞬だけ合う。
何も言わない。
それで、十分だった。
「ミリアがいなかったら、見つからなかった」
誰かが、そう言った。
周囲が、静かに頷く。
私は、指先を握る。
役に立った。
確かに。
でも。
あの子は、最後まで私を見なかった。
その事実が、言葉の隙間に残っている。
私は、息を整える。
「……もう、戻っていい?」
場違いな問いだった。
一瞬、空気が止まる。
「もちろんだ」
すぐに返事が返ってくる。
私は、軽く頷いた。
部屋を出る。
廊下は、いつもと同じ長さなのに、少し遠く感じた。
後ろで、話し声が再開する。
「助かったな」
「これで一安心だ」
安心。
その言葉が、背中に残る。
私は、歩く速度を落とさない。
自分の部屋に入る。
扉を閉める。
静かになる。
私は、壁に背を預けた。
役に立った。
その言葉を、もう一度、頭の中で転がす。
間違っていない。
でも、正しくもない。
私は、目を閉じた。
この先も、きっと同じことが起きる。
それを、止められないことも分かっている。
役に立つ力は、もう、ここにある。
私の中に。




