返ってきた声
しばらく、誰も動かなかった。
森の音だけが戻ってくる。葉が擦れる音。遠くで、鳥が鳴く。
私は、膝を折ったまま待っていた。
距離は、保っている。
近づかない。離れすぎない。
子どもは、まだこちらを見ていない。
小さな肩が、かすかに上下している。呼吸は早い。でも、止まってはいない。
「……こわかった」
声が、落ちてきた。
私は、顔を上げなかった。
「……うん」
短く返す。
正解の言葉は、分からない。でも、今は、それでいい。
子どもが、少しだけ顔を上げる。
視線が、私の足元で止まる。
私を、見ない。
それでも、声は続いた。
「……いなくなったと、思った」
誰が、とは言わない。
私は、頷く。
「……ひとりに、なった」
その言葉で、胸の奥が静かに鳴った。
私は、息を吐く。
「……いまは、ひとりじゃない」
子どもが、黙る。
その沈黙は、拒絶じゃない。確かめている。
少しして、子どもが小さく頷いた。
それを合図に、大人たちが動く。
足音が近づく。気配が、増える。
「見つかったな」
安堵の声。
「大丈夫か?」
問いかけ。
子どもは、私ではなく、大人を見る。
それでいい。
私は、立ち上がらない。
役目は、終わっている。
大人が、子どもを抱き上げる。
泣き声は、上がらない。
周囲の空気が、緩む。
「助かった」
誰かが言う。
私は、その言葉を受け取らなかった。
助けた。
でも。
子どもは、最後まで私を見なかった。
それが、事実だ。
私は、ゆっくり立ち上がる。
距離を取る。
触れていない。
でも、触れてしまったものがある。
後ろで、タケトシの気配がする。
声は、ない。評価も、ない。
それでいい。
私は、森を振り返らずに歩き出した。
役に立ったという空気だけが、背中に残る。
それが、少し重かった。




