境界へ向かう
森は、思ったより近かった。
建物の外に出ると、空気の匂いが変わる。湿った土と、折れた葉のにおい。私は、足元を見て歩いた。
同行する大人は、二人。距離は、少しだけ空けられている。前を行く背中と、後ろの気配。挟まれている感じはしない。でも、自由でもない。
道は、すぐに細くなる。
踏み固められていない地面。人があまり入らない場所だと、分かる。
「この先だ」
前を行く大人が言う。
私は、頷いた。
視線を上げる。木々の間に、わずかな乱れが見える。枝の折れ方。踏み跡。新しい。
胸の奥が、少しだけ冷える。
獣は、動いていない。
それでも、感覚は冴えていく。音が遠くまで届く。風の流れが、肌に残る。
私は、歩く速度を落とした。
大人たちも、それに合わせる。
気づかれている。
気づかれて、何も言われない。
それが、少し重い。
足跡が、途切れる。
私は、その場で止まった。
視線を巡らせる。右。左。下。上。
かすかな匂い。
人のものだ。恐怖が混じっている。
私は、指先を握る。
力を使うほどじゃない。
でも、使わなければ、分からない。
私は、一歩、森の奥へ踏み出した。
「……ここから」
声が出た。
大人が、息を詰めるのが分かる。
私は、振り返らない。
進む。
境界を越える感覚が、足裏に伝わる。
守られていた場所と、そうでない場所。
その間。
私は、そこに立っている。
役に立つ感覚が、背中に張りつく。
それを、振り払わずに歩いた。




