ここに、いていい
積み木の音が、また部屋に戻ってきた。
高くも低くもない、いつもの音。誰かが笑って、誰かが失敗して、また積み直す。私は、その輪の端に座っている。
触れない距離。
でも、離れてはいない。
大人は、部屋の入口に立ったままだ。中には入ってこない。腕は組まれているけれど、声は出ない。
私は、何もしない。
動かない。触らない。奪わない。
それでも、時間は流れる。
子どもが、私の方を見る。
「ミリア」
名前。
それだけで、胸の奥が少し落ち着く。
私は、頷いた。
積み木が転がってくる。
受け取らない。
代わりに、そっと押し返す。
それでいいらしい。子どもは気にせず、また積み始める。
しばらくして、大人が息を吐いた。
「……今日は、ここまで」
今度は、さっきより柔らかい声だった。
終わりを告げる言葉。でも、拒絶ではない。
子どもたちが、渋々立ち上がる。床に散らばった積み木を片づけながら、何度もこちらを見る。
「また、くる?」
聞かれた。
私は、すぐには答えなかった。
島では、「また」という言葉を使わなかった。次がある保証はなかった。
でも、ここでは。
私は、ゆっくり頷いた。
「……うん」
小さな声。でも、逃げなかった。
子どもは、満足そうに笑った。
部屋が空になる。
大人も、入口から離れる。完全に信用されたわけじゃない。ただ、今日のところは、何も起きなかった。
それだけだ。
タケトシが、私の横に来る。
いつもより、少し近い。
「無理は、しなくていい」
命令じゃない。確認だった。
私は、床を見たまま、首を振る。
「……いる」
ここに。
タケトシは、それ以上、何も言わなかった。
代わりに、立ち上がる。
「行こう」
私は、すぐには立たなかった。
もう一度、部屋を見る。
積み木の跡。座っていた場所。さっきまでの気配。
全部、消えかけている。でも、なかったことにはならない。
私は、立ち上がった。
出口に向かう。
背中に、視線はない。
止める声も、ない。
廊下の空気は、少し冷たい。でも、息は苦しくなかった。
ここに、いていい。
その言葉は、まだ誰も言っていない。
それでも。
私は、ここにいる。




