止められる場所
呼び止められたのは、部屋に入る直前だった。
「ミリア」
低い声。振り向くと、白い服の大人が立っている。腕章。視線は、私ではなく、部屋の中に向いていた。
「今日は、ここまでにして」
理由は言わない。命令でも、お願いでもない。すでに決まっている、という言い方だった。
私は、何も言えなかった。
部屋の中から、木の音が止まる。気配だけが、こちらに向く。
「……どうして?」
子どもの声。小さい。でも、はっきりしている。
大人は、答えない。
「今日は、もう終わり」
繰り返すだけ。
私は、一歩、下がった。
いつもの距離。問題を起こさない位置。
胸の奥が、ざわつく。島の匂いが、少しだけ戻る。近づくな。触るな。出るな。
子どもが、こちらを見る。
私は、視線を外した。
それでいい。そうしてきた。
「ミリア」
また、呼ばれる。
今度は、タケトシだった。廊下の奥に立っている。距離はある。近づいてこない。
「今日は、休もう」
選択肢みたいな言い方だった。
私は、足元を見る。
逃げる。慣れている。安全だ。
でも。
部屋の中で、積み木が崩れる音がした。
誰かが、立ち上がる気配。
私は、顔を上げた。
大人と、子どもと、タケトシ。視線が交差する。
胸の奥で、何かが跳ねる。
近づきたい。触れたい。
違う。
そこに、いたい。
足が、前に出た。
大人の肩が、わずかに強張るのが見えた。
「……大丈夫」
声が出た。思ったより、はっきりしている。
「ここに、いるだけ」
触らない。動かない。何もしない。
それでも。
大人は、しばらく黙っていた。
長い沈黙。
子どもが、私の横に来る。何も言わない。ただ、立つ。
私は、止まらなかった。
タケトシが、一歩だけ前に出る。
「俺が、見る」
短い言葉。説明はない。
大人は、息を吐いた。
「……今日は、それで」
完全な許可じゃない。保留だ。
でも、止められなかった。
私は、床に腰を下ろした。
触れない距離。
逃げない選択。
胸の奥が、少しだけ熱い。
それでも、獣は、眠ったままだった。




