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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第1章 ここに、いていい

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触れない距離

 積み木の部屋の前で、足が止まった。


 中から声が聞こえる。笑い声と、木がぶつかる音。いつもと同じはずなのに、今日は一歩が出ない。


 廊下の向こうに、大人が立っているのが見えた。白い服。腕を組んで、部屋の中を覗いている。


「……近づきすぎじゃない?」


 小さな声。でも、はっきり聞こえた。


「子ども相手に、あの子は……」


 言葉の続きを、私は想像してしまう。鬼。危険。強い。


 胸の奥が、少しだけ冷える。


 私は、その場から離れようとした。


「ミリア」


 呼ばれる。


 振り返ると、部屋の中から子どもが顔を出していた。


「きょう、こないの?」


 問いかけは、責める音じゃない。ただ、確かめるだけの声だった。


 私は、視線を下げる。


 入っていいのか。ここにいていいのか。


 大人の視線が、背中に刺さる。


 私は、一歩、後ろに下がった。


 距離を取る。それは、慣れている行動だ。近づかない。触らない。問題を起こさない。


 子どもは、不思議そうな顔をした。


「……さわらないよ?」


 その一言に、胸の奥がきゅっと鳴る。


 触る。触らない。


 私は、触れない距離を守ってきた。ずっと。それが、安全だったから。


 でも、その距離は、拒絶にも似ている。


 私は、少しだけ前に出た。


 ちょうど、子どもに手が届かない位置。触れない。でも、離れてもいない。


 子どもは、にっと笑った。


「そこ、いいよ」


 許可だった。


 私は、床に腰を下ろした。背筋が、少し緊張しているのが分かる。


 積み木が、転がってくる。


 受け取らない。


 代わりに、そっと押し返す。


 子どもは、また積み上げる。


 大人の足音が、遠ざかっていく。


 見られていないと分かっても、私は動かない。


 触れない距離。


 守っているのか、選んでいるのか。


 その違いを、私はまだ、はっきり分からない。


 でも。


 誰も、怖がっていない。


 それだけで、胸の奥が少し、緩んだ。

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