やさしい噂
積み木の部屋は、いつもより少し騒がしかった。
人が増えている。知らない顔も混ざっている。子どもたちは床に座り、積み木を囲んで話している。私は、入口の近くに腰を下ろした。逃げ道が見える位置だ。
「ねえ、きいた?」
ひそひそ声。小さいけれど、よく通る。
「ミリアのこと」
名前が出た瞬間、胸の奥がきゅっと鳴る。私は、手を止めた。顔は上げない。
「つよいんだって」
「おに、みたいなんでしょ」
言い方は軽い。重さを知らない音だった。
私は、息をひとつ吐く。さっきまで積んでいた積み木が、少し傾いた。
「でもね」
別の声が入る。
「こわくないよ」
私は、指先を止めた。
「だって、あのひと」
あのひと。
私は、初めてそう呼ばれた。
「ちゃんと、まってくれる」
待つ。攻めない。奪わない。
島では、そんな言葉はなかった。
「ミリアは、やさしいよ」
断定だった。理由は語られない。
胸の奥が、ざわっとする。怖さと、くすぐったさが混ざる。私は、どう反応していいか分からず、視線を落としたまま、積み木を置いた。
積み木は、倒れなかった。
子どもたちが、また話し始める。
「きず、いっぱいだよね」
「たたかってたのかな」
想像が、勝手に膨らんでいく。物語みたいに、形を変える。
私は、口を開かない。
説明しない。否定もしない。
その選択が、少しだけ自然に思えた。
部屋の外で、足音が止まる。
タケトシが、扉の外から様子を見ている。目が合う。何も言わない。私も、何も言わない。
子どもが、私を見る。
「ミリア」
名前。
「これ、つぎ、やって」
積み木を渡される。
私は、受け取った。軽い。角が丸い。
噂は、勝手に広がる。
でも、いま目の前にあるのは、積み木と、待っている視線だけだ。
私は、そっと置いた。
倒れない。
誰も、何も言わない。
その静けさが、少しだけ、好きだった。




