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孤島で“鬼”になった少女は、文明世界で人の心を取り戻す ――Princess of the Flies――  作者: ベルモット
第1章 ここに、いていい

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プロローグ

 この島には、風より先に蝿の羽音が届く。


 腐った肉の匂い。湿った土の匂い。

 遠くで海が鳴っているのに、その音よりも蝿の声のほうが強い。

 黒い粒が空を埋めるように飛び回っていた。


 私は、その中心に座っていた。


 小さな身体が折り重なり、崩れ、土と混ざって形を失った山。

 その上に、私はただ静かに座っていた。


 まるで王座みたいだ、と後になって誰かが言ったらしい。

 でも、こんな場所に座りたい王なんて、いない。


 どれくらいの時間が経ったのか、もう分からない。

 泣くことも、叫ぶことも、とっくにやめていた。


 怖いのか、悲しいのか。

 その区別も、もうつかない。


 蝿が頬に止まる。

 追い払う気にもならなかった。


 ――パキ、と枝を踏む音。


 私は顔を上げた。


 森の奥から、大人たちが現れた。

 黒い服。重たい靴。手に持った銃。

 この島には似合わない、外の世界の匂い。


「……なんだ、これは……」


 誰かが息を呑む声。


「子ども……なのか……?」

「ハエが……多すぎる……」

「生きてる……?」


 私は動かない。

 動く理由が、もう分からなかった。


 銃を構えかけた大人たちを、ひとりの男が手で制した。


「下ろせ。刺激するな」


 男はゆっくり歩いてきて、私の前でしゃがむ。

 目線を合わせるための動きだと、後になって知った。


「……聞こえるか?」


 私は、ただ見返した。


「大丈夫だ。助けに来た」


 その声だけは、不思議とうるさくなかった。


 男は私に触れなかった。

 それが、少しだけ楽だった。


「ここから離れたいか?」


 質問の意味は、よく分からない。

 でも、この島の匂いと音が、ずっと嫌だったことだけは分かる。


 男は立ち上がり、背中を向けて言った。


「来たいなら、ついてこい。無理はさせない」


 私は、一歩踏み出した。

 足元で、何かが崩れる音がした。


 蝿が、ひとつ、私の髪から離れた。


 私は男の背中を追って、島を出た。


 後になって知る。


 このときの私の姿――

 蝿が群がる死体の山の上に座る少女の映像と記録が、外の世界に広まり、人々は勝手に名前を付けた。


 蝿の王女(Princess of the Flies)。


 誰も、私がそこに「座らされていた」ことを知らないまま。

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