思い出してはいけない部屋
しいなここみさまの「してはいけない企画」参加作品です。
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで。スマホも見ていいわよ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「ベッドの上でお菓子なんて食べないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
キッチンへ案内すると、美沙は冷蔵庫を開けた。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
「ただひとつ、思い出さないで」
「え!?」
「思い出さないで」
「思い出す、って何を……?思い出すと……どうなるの?」
「わからない」
「わからない……って?」
「この部屋に入る前に、管理人さんに言われたの。『けっして思い出さないで』って。『おそろしいことが起こるから』って──。」
「ど……、どんなおそろしいことが?」
「わからないわ。知りたいなら思い出してみればいいじゃない」
脅されて、そんな勇気はもてなかった。
「……やめとく」
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
◇ ◇ ◇
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、蛇口をひねり放題にひねり、猫と遊び、スマホをチェックし、冷蔵庫の高級食品を猫と一緒に食い尽くすと、やることがなくなった。
「へへへ……こんないい部屋、久しぶり……」
前は……そう、いつだったかな。
家族と旅行行った時かな。
みんなで飛行機で沖なw――
――あれ?
家族と、どこに行ったんだっけ?
――誰と、行ったんだっけ?
記憶に、靄がかかったように思い出せない。
ま、いいか。
いやー、やっぱりいい部屋だね。
部屋貸してくれた美沙にまじで感謝だわ。
本当に、部屋を貸してくれた――
あれ?誰だっけ?
ま、いいか。
そういえば、この部屋借りる時になんか言われたような……
確か、物を動かすな、と……なんだっけ?
あれ、2個あったっけ?
なんも言われてなかったか。
そもそも借りたのいつだったっけな?
あ、今日か。
あれ?1年位前?
あれ?
あれ?
そもそもなんでここにいるんだっけ?
私がここに住みたいって言ったからか。
なんで住みたかったんだっけ?
高級だったから?
あれ?
――私って誰だっけ?
◇ ◇ ◇
――私のこれまでの家とはおさらばだ。
空港の搭乗口で、私はそう思っていた。
私は美沙。
私がこれまで住んでいた家は、いわゆる事故物件だったらしい。
住んだ人がみんな狂っていった。
そう言われている。
そんなときに友人が住みたい、と言ってきた。
だから譲った。
――私は知っている。
借りる時に言われた「思い出すな」は、家の中で出来事を思い出すことにも、家の外で家のことを思い出すことにもかかっていると。
……私はじきに忘れていくんだろう。あの家のことを。ほかの住人もそうだったのだから。
友人とはもう、会うこともないだろう。
お互い、すべて忘れるのだから。
決して仲が悪かったわけではない。
ただ、仕方がないことなのだ。
――あれ?私の家はイタリアにあるはずだよな?