キミニ捧グ讃美歌
少年は毎日欠かさずに、雨の日も風がごうごうと鳴る日も教会に赴き祈りを捧げる熱狂的な信者だった。
そんなある日、少し寝坊してしまい慌てて教会に向かい、祈りを捧げ、家に戻る時だった。中央広場に人が集まっている。
少年は好奇心に動かされながら、声のある場所へと足を進めた。
耳を傾けずとも聞こえてくる。
村人たちが騒いでいる。
少年は村人達の目を見て、その瞳に何か力強いものを感じた。
ふと周りの状況を見る。
どうやら村人達が何かを囲っている。
少年は村人を掻き分けその何かに近づいた。
人混みの間から中心の何かが見えた。
その何かはどうやら人間らしい。
だが、その瞳には光がなかった。その代わり少年にはその瞳は黒く一言で表すなら「希望がない」様な瞳に見えた。
少年は少しゾッとした。
その人は何か言っている。神がどうとか。
神という言葉を聞いて少年はより一層好奇心に駆られた。
「神様にまつわることならば聞いておいて損はない。」と、少年は思った。
だが、難しい言葉ばかり言っている。あまり理解ができない。そこで隣にいた瞳が少し明るい青年に聞いた。
青年の瞳には輝きがあった。
少年は不思議に安心した。
そして青年に向かって問いかけた。
「これは何の集まりなの?。」青年は少年を見た瞬間一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
子供には話しづらいことなのかな?少年は思った。
青年はついに話そうと決心したのか閉ざしていた重い口を開いてこう言った。
「この方は説教者と言って、私たちより神様に詳しい方なんだよ。その人が今私たちの信じる神様が危ないと言っているんだよ。」
ーーー場面は少年が教会で祈りを捧げている少し前に戻る。
ローブを被った旅人が町の中央広場の隅で聖書を読んでいる。
読んでると言ってもページは進んでいない。何かを伺っているのか。
それから教会で祈りを捧げた村人たちが、中央広場を通って家に戻ろうとぞろぞろと中央広場に人だかりができる。
旅人が本を閉じる。
「機は熟した。」旅人は狙う様に中央広場の噴水に立った。
ローブを脱ぎ旅人はこう言った。
「私はある町からきた説教者です。皆さんに伝えたいことがあるのです。」説教者と名乗っているさっきまで旅人だったらしい男が声を張り上げて言う。
ーー時は戻り、少年と青年が出会うところにまで戻る。
説教者が、こう訴えた。「我らが信ずる神の聖地が異教徒によって占拠されかけている。このままでいいのか?。もし神を信じ愛する者達ならば私と共に行こう。若い神の子達よさあ武器を取れ!」
その言葉に感化されたのか大人たちが声を張り上げる。
村人達の瞳がより一層力強い様相を見せる。
少年はその状況に驚く。
呆気に取られるのも束の間、青年が何かを言っているのが聞こえる。
だが、大人達の声によって青年が何を言っているかわからない。
青年もそのことを感じ取ったのか、青年は人混みに押し潰そうな少年の手を掴んで人混みを掻き分け、やがて中央広場の外れにあるベンチに少年を座らせた。
青年は独り言の様に小さく呟いた。
「この町はあまりにも信仰に熱すぎる。だからこんな馬鹿げたことに感化されるんだ。」
続けて青年はこう続けた。
「なにも生命をあんな無茶苦茶な事で無下にするのか?」
青年は答えてくれない誰かに問いかけるように
嘆いた。
だが答えは返ってこない。
その代わり今度は少年が青年へ純粋に問いかけた。「むげってなに?」青年は少年の光に溢れている瞳を見て、目が大きく開いた。
少年は瞳を見て感じた。
どうやら涙を堪えているらしい。
やがて青年は溢れそうな涙を袖でぬぐい、そして空を仰ぎ見て何かを決心したらしい。
、、、再び少年の瞳を見る。
少年の瞳はやはり希望に満ちている。
やがて青年の瞳はいつものような瞳に戻った。
そして、こう言った。
「君たちの様な幼い子が大人になった時、こんなことをせずに幸せに暮らせる様にするよ。」
少年は言葉の意味が理解できない。
いきなり涙を拭ったと思ったら、意味のわからないことを言われた。
少年は呆気に取られる。
少しして青年は「気をつけて返りなさい。」といって去って行った。
少年は考える。「この町に何が起こっているの?」
思えば、今日祈りを終えて中央広場に行ったところから違和感があった。
知らない人を囲んで騒いでいる大人。
難しいことを言う村人ではない人。
急に涙を見せる青年。
みんなの瞳はいつもの日常で、見る瞳と違った。少年が考える。
考えても考えても結論に辿りつかない。
ふと我に返り少年が辺りを見渡すと、村人たちが何か準備をしている様だ。
少年は眉間に皺を寄せた後、これ以上考えても答えには辿り着けないことを悟った。
そしてベンチに背を向け、家路についた。
ーーそれから数日後、少年がいる町で祭りが開かれた。少年は疑問に思う。
「おかしいな。特に最近は何もなかったはず。なのに何で?。」辺りを見渡す。
中央広場にはいつもとは違う賑わいが溢れている。
みんながみんな祭りの主役らしい若い村人達に話しかけている。
だがその瞳にいつもの様な光はなく、少年は違和感を覚えた。
その主役の集団に見覚えのある顔がある。
「あれ、あの人もこの祭りの主役なんだ。」
気になって少年は青年の元へ行く。
青年も気づいたのか、話していた村人達へ別れを告げこちらに来る。
青年は言った。
「僕はこれから遠い場所。そう、神様のいる場所へ行ってくる。」
「どうして?」
「僕たちの神様のいる場所が危ないから助けに行くんだよ。」
少年は青年の瞳を見て得難い不安に襲われる。
瞳には前あった時の光がない。
少年は無意識的に言った。「また帰ってくる?」「きっと、、ね。」
それから青年は少年に提案した。
「僕たちのこれからを神様が見守ってくれるように神様に讃美歌を歌おう。」少年は頷く。
やがて歌い始める。
少年が讃美歌を歌っている時、青年は少年の方に向けて讃美歌を歌っている様だった。
やがて二人とも歌い終わると、少年は聞いた。
「どうしてこっちを向きながら歌っていたの?」
青年は柔らかい笑みを浮かべながら言う。
「君がこれからも幸せに生きていけるようにだよ。」その言葉の未来には青年という文字はなかった。
ーーやがて青年を含む若い村人は旅立っていった。神様のいるところに。
ーー時がたち、少年は青年になった。
今もあの時の青年は帰ってきていない。
今日も青年は教会に行って祈りを捧げる。
祈りを捧げた後青年は家路についた中央広場を通っている時、中央広場の外れにいたローブを被った旅人がローブを脱ぎ中央広場の中心でこう叫ぶ。
「私はある町からきた説教者です。皆さんに伝えたいことがあるのです。」
何だ何だと村人が旅人を囲む。
やがて人だかりができた。
そこにある少年が、中央広場に向かって歩いてきた。
隣には青年がいる。
少年は青年に聞いた。
「これは何の集まりなの?。」
その時かつて少年だった青年は悟った。
あの時の青年は帰ってこない。二度と。
そして次は自分の番だと。