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8. 婚約の成立

 王都にあるバークリー公爵家の屋敷に戻ってきた私とラーラは、何くわぬ顔で階段を上がり、私の自室へと入った。そして二人きりになり扉を閉めた途端、無言のまま互いの手をがっちりと握り合い、抱き合い、そして手を取り合ってクルクルと回った。誰かに聞かれては大変なので、決してキャアキャア騒ぐわけにはいかないが、今この喜びを共有してくれる友がここにいることが本当にありがたい。


「最高じゃございませんか、フローリアお嬢様……っ! おめでとうございます! これはもう……っ、望みうる限り最高のご縁にございますよ……!」


 ラーラは興奮し、ごくごく小さな囁き声でそう叫ぶ。私は何度も頷きながら、満面の笑みで同様に囁く。


「本当ね。お相手は王太子殿下ではないけれど、これで王族に嫁ぐという、バークリー公爵令嬢としての最低限の役目は果たせるわけだし、しかも……閨なしよ!? 互いに合意の上での閨なし! 最高だわ! ああ、クリストファー殿下……あの方神様だわ」

「御子がなせないことだけがちょっぴり残念ではございますが……もう何でも構いませんっ! フローリアお嬢様が旦那様の元を離れ、心穏やかな日々を送ることができるのでしたら……!」

「ええ。もういいのよ。クリストファー殿下だって子をなすことなど望んでいらっしゃらないのだもの」


 そうか。私の人生からはもう、我が子を腕に抱くという選択肢が完全に消え去ったわけか。

 そう考えると、ほんの少し胸が痛んだ。男性と触れ合うことには嫌悪感があるけれど、子どもは好きだ。自分の子を産みたくなかったわけじゃない。

 けれど、私はすぐにその思いを振り払った。何もかも全てを都合良く手にできる人生などないのだから。私はこれから周囲の人々を欺き、クリストファー第三王子殿下と秘密の白い結婚をする。大それたことをやってのけるのだから、その代償はもちろん、どんな形であれ払わなければならないだろう。子を持てないことはその一つだ。覚悟はある。


「私のことも、お連れいただけるようお願いしてくださって、本当にありがとうございますお嬢様」

「あなたを連れて行くのは当たり前よ! ここには置いていかないわ! あとは、お母様のことだけが心配だけど……。お母様には頼りになる侍女たちもついているしね。私という夫婦喧嘩の火種が一つ減れば、今よりは心穏やかに過ごせると思うわ。私さえいなくなれば、父と母が関わることも一層減るでしょうしね」


 私としては前向きな意味でそう口にしたのだけど、ラーラは少し悲しそうな顔をした。


「……奥様はお嬢様のことを、心から愛しておられます。お嬢様がこのお屋敷を離れれば、きっと寂しくお思いだと思いますよ」

「ふふ……。そうね。ありがとう、ラーラ。ただ母の今後のことを考えただけよ。私も自分の存在を全否定しているわけじゃないわ。……さぁ、輿入れまでにいろいろと準備を整えなくちゃね!」

「はいっ!」




 それから日を置かずして、私とジョゼフ王太子殿下との婚約の解消、そしてクリストファー王子殿下との新たな婚約が締結された。この件で何度か王宮に出向いていた父からは、その辺りの細かな内容は一切私には知らされなかった。常に私をないがしろにしてきた父にとって、私は王家との契約の内容などをわざわざ説明する相手ではないのだろう。逆らうことは一切許さず、ただ自分の思惑通りに動くことのみを強要する父。自分は母に対して後ろめたいことを何度も堂々と繰り返しているくせに。そんな大嫌いなあの人とも、ようやくお別れだ。離れて暮らせるだけでも最高にありがたい。母のことは心配だから、今後もできるだけ会いたいけれど。


 父の代わりに、後日クリストファー殿下がいろいろと教えてくださった。ジョゼフ殿下の生誕祭の夜。国王陛下はあの日の私の失態について、「バークリー公爵令嬢は著しく体調を崩していたが、王太子の生誕祭に欠席するわけにはいかないと、無理をして参加していた。ダンスで手を取れなかったのも、このまま踊れば倒れてしまい、王太子に対してより無礼をはたらくことになると懸念したからであった」と、貴族会議で発表することを父に伝えた。ジョゼフ王太子殿下からの一方的な婚約破棄宣言で傷付けられそうになったバークリー公爵家の名誉を守ることを約束してくださったのだ。そしてクリストファー殿下との婚約を正式に認め、また、ジョゼフ王太子殿下のふるまいをきちんと謝罪され、王家所有の鉱山の一部採掘権まで与えられたそうだ。父はさぞにんまりとしたことだろう。

 さらにクリストファー殿下からの情報によると、ジョゼフ殿下とあのエヴァナ・オーデン男爵令嬢との出会いは、どうやら数年前。ジョゼフ殿下が視察に行った先の、オーデン男爵領が所有する小さな農村でのことだったようだ。そこで偶然見かけた可愛らしいエヴァナ嬢に、ジョゼフ殿下が一目惚れ。その後は貴族の友人らを招いての王宮での食事会や茶会に、エヴァナ嬢も呼び寄せては同席させ、何度も逢瀬を重ねていたらしい。私が招かれなかった集まりで、二人は皆の目を盗んでそんなことを続けていたのだ。

 私の顔色が悪くなったきたことに気付いたクリストファー殿下が、「ま、今さらどうでもいい話だな」と言い、途中でこの話を切り上げてくださった。




 


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