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最終話. 夜明けの誓い

 ユーディア元王妃が廃妃となり王宮を去った後、国王陛下は側妃アイラ様を正妃とすることを発表した。そしてもう、他に誰も娶るつもりはないようだった。

 これによりクリス様の地位は、より一層盤石なものとなった。


 父から解放され実家に戻った母は、晴れて自由の身となった日々を謳歌しているようだった。

 私のもとに送られてくる手紙には『出戻りだから少し居心地が悪いわ』などと書かれていたけれど、それでも母の気持ちが軽やかなのが節々で伝わってきて、私はほっとしていた。長年苦しんできた母も、ようやくあの父から解放されたのだ。

 弟のダニエルは留学先から帰国し、バークリー公爵家新当主として、早速その腕を振るっている。人事の見直しに、領内の視察。財政の透明化に、徴税バランスの見直し。

 若さゆえに軽んじられることのないようにと燃えているのだろうか。歳のわりには幼い気がしていて不安だったけれど、そんな姉の心配をよそに、彼は立派にやっているようだった。


 家督を退かされた父は、バークリー公爵領の外れにある屋敷とも呼べない小さな屋敷で、まるで世間の目から隠れるように一人ひっそりと暮らしているらしい。地位も名誉も権力も失い、取り巻いていた女性たちも誰もいない。仕える使用人もたった三人。家族にも見放され、社交の場には当然もう出ては来られない。恥ずかしくて王都にも顔を出せないだろう。落ちぶれたその姿を高貴な人たちに見られてヒソヒソされるなんて、あの気位が高く傲慢な父には耐えられないはずだ。

 その命が尽きる日まで、誰も寄りつかぬ領地の端で、恥を抱えたまま一人寂しく生きていくのだろう。


 そうして一年以上の月日が経った頃。

 母が再婚することになった。

 お相手はなんと、あのギルフォード伯爵だった。


 離婚後、母と隣国の大使夫人であるワイズ伯爵夫人とは、ギルフォード伯爵を通じて再会し、親交が復活していた。何度もやり取りをし、茶会などを繰り返す中で、伯爵と母の距離も徐々に縮まったらしい。

 その日ギルフォード伯爵は、額に汗を浮かべながら母に求婚したという。

『ずっと以前から、私はあなたをひそかにお慕い申し上げておりました。叶うならば、あなたの今後の人生を私の手でお守りしていきたい』

 母とギルフォード伯爵、それぞれから報告の手紙を受け取った時、私は思わずラーラの手を取り涙を浮かべた。


「よ……ようございましたね、フローリア様……っ! あのような素晴らしいお方が、奥様の……」

「ええ……ええ……!」


 言葉にならず何度も頷く私の目元を、同じように涙ぐんだラーラがハンカチでそっと拭ってくれた。


 そして同じ頃。私はクリス様にある提案をした。


「──二人きりの結婚式を?」

「ええ」


 その夜。ベッドに入る前にそのことを告げると、クリス様はしばしきょとんとした顔で私を見つめていた。私は彼の隣に座り、その手を握る。


「覚えていらっしゃるでしょう? 私たちの()()結婚式。あの時はお互いにとにかく触れ合わないことに必死で、誓いの口づけさえごまかして……」


 互いに我慢比べのようにぐっと目を閉じ、息を止め、嫌々顔を近付けたっけ。早く終われと心の中で必死で願っていた。

 私の言葉に、クリス様が苦笑する。


「……ああ、そうだったな。あの頃は女性と唇どころか、手が触れ合うことすら耐えがたかった」


 そう言うと彼は前触れもなく私に顔を寄せ、啄むようにチュッと唇を重ねてきた。


「……こんなことをしたいと思うのは、もちろん今でも君限定だが」

「も、もう。クリス様ったら……」


 甘い言葉と色っぽい視線に、不覚にも頬が火照る。


「ですから、もう一度クリス様と結婚式がしたいんです。今の私たちの気持ちで。大袈裟なものではなく、ただあなたと誓い合いたくて……」


 事件以降、しばらくは慌ただしかった王宮も、今ではすっかり落ち着きを取り戻した。私たちは日々を共に過ごしながら、王太子夫妻としての役目をきちんと果たしている。今ならいいタイミングなのではないかと思ったのだ。もしかしたら、母の再婚が私の気持ちを後押ししてくれたのかもしれない。

 クリス様は嬉しそうに頷くと、私の頬をそっと撫でた。


「ああ、そうだな。いい提案だ。本当の夫婦として、今度こそ嘘偽りなく、永遠の愛を誓おう。君へのこの愛おしさを胸に、もう一度式をやり直せるのなら嬉しい」


 そう言ってくださったクリス様が、もう一度私にそっと唇を重ねた。




 王宮の裏庭の奥にある、石造りの小さな聖堂。

 今では使われていないこの場所は、かつての王妃たちが使う、私的な祈りの場だったそうだ。

 明け方の光が混じりはじめた、薄藍の空の下、私たちは手を繋いでこっそりとその聖堂の中へと足を踏み入れた。ついてきてくれた護衛たちは、入り口の外で待機している。

 古びた聖堂の中は神秘的で静謐な空気に包まれ、まるで私たち二人を温かく迎えてくれているような気がした。

 私の手を引き祭壇の前まで歩いてきたクリス様は、ゆっくりと足を止めた。そしてこちらへと向き直ると、包み込むように私の両手をそっと握る。


 私はシンプルな純白のロングドレスを纏い、その上に薄絹の白いショールを羽織っていた。クリス様は白いシャツに、グレーのトラウザーズ。

 アクセサリーは、互いの瞳の色をしたお揃いのブローチだけ。あの日、初めて二人で街に出かけた時に買った、思い出の品。

 手袋は二人とも着けなかった。

 私たちは互いの手を握り、見つめ合う。

 クリス様が、ゆっくりと口を開いた。


「……私の最愛の人、フローリア。私を理解し、私に寄り添い、私の心を救ってくれた。君に出会えたことは、私の人生の喜びだ。君を生涯守り、愛し抜くことを、ここに誓う」


 彼のその言葉が胸の奥に染み渡り、私の唇を震わせた。視界が滲み、愛おしい人の青い瞳がきらめいて揺れる。


「……私の最愛の人、クリストファー様。私を苦しみから救い出し、人を愛する喜びを教えてくださったあなた。生涯おそばに寄り添い、与えていただいた以上の愛を、あなたにお返しすることを誓います」


 溢れた一粒の涙が、頬を伝った。

 クリス様はそれを優しく拭い、私の両頬をその手で包み込む。そしてかすかに眉間に皺を寄せ、額をそっと触れ合わせると、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「──私の人生を、君に捧げる」

「……喜びの日も、嵐の日も、あなたと共に過ごしたい」

「君の笑顔も涙も、この心に刻み続ける」

「どんな時でも、ずっと一緒に──」


 近付いた唇がそっと触れ合った、その瞬間。

 真っ白な一筋の朝の光が、私たちを優しく包み込んだ。


 実は月のものが遅れていることは、まだ私とラーラしか知らない。

 この結婚をする時に、一度は諦めたはずだった。

 でも、私たちは乗り越えた。乗り越えた先で、本当の愛を知ることができた。

 愛おしい人の赤ん坊をこの手に抱ける日も、もしかしたら──そう遠くはないのかもしれない。





      ◇◇◇ end ◇◇◇






 最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。


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