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45/51

45. 突入

「……遅いわね……」


 クリス様が王妃陛下の部屋に向かってから、しばらく経った。

 気持ちが落ち着かず、私は何度も懐中時計を確認していた。ラーラも不審な表情だ。


「本当でございますね。引き留められていらっしゃるんでしょうか。議論が白熱していらっしゃるとか?」

「……そうかしら」


 何だか腑に落ちない。クリス様は王妃陛下のお話にはあまり興味がなく、気が進まないご様子だった。彼女と長く話したくもないだろうし、すぐに戻ってくるだろうと、そう思っていたのに。

 何だか嫌な予感がした。


(……まさかね。いくら何でも今さらクリス様によからぬことを企むはずがない。さすがにマズいってことは分かるはずよ)


 クリス様はもう立派な成人だ。そして王太子。年齢も立場も、昔とは違う。王妃陛下だって、ご自分の大きなスキャンダルになるかもしれない危険は橋はもう渡らないはず。だからこそ、一時期の遊びに留めていたのだろうから。

 今さらクリス様の意志に反して、余計なことをできるわけがない。


(万が一何かを強要されたとしても、クリス様だってもう従うはずがないし、妃陛下も不道徳な行いのリスクは絶対に分かってる)


 何度も自分にそう言い聞かせているのに、なぜだろう。どうしても拭いきれない不安が、私の中でどんどん大きく膨らんでいく。


(……よし)


「? フローリア様? どちらへ?」


 おもむろに立ち上がった私に、ラーラが声をかけてくる。


「クリス様をお迎えに行くわ」


 そう答えると、ラーラが目を真ん丸くした。


「え……、だ、大丈夫でしょうか。さっき妃陛下の侍女がにべもなく拒絶してきましたが」


 大人しく待ち続ける気のない私に、ラーラが不安そうにそう言う。

 ラーラはクリス様の抱えている苦しみを、過去の出来事を、もちろん知らない。ただ昔からの性質による潔癖症で、女性が苦手な方なのだと思っている。

 私以外は、誰も知らない。

 だから私の行動が不自然に思えるのだろう。他の侍女たちも驚いた様子でこちらを見ている。


「大丈夫よ。遅いので様子を見に来ましたって言うわ。聞かれて困るようなやましい話をしているわけでもないでしょうし。押しかければ王妃陛下には嫌がられるでしょうけど、まぁ今さらじゃない? しばらく文句を言われるだろうけれど、謝罪するわ」


 そう言って肩を竦めてみせると、ラーラがクスクスと笑った。


「承知いたしました。では、どちらのお部屋にいらっしゃるのか確認してきますね」

「ええ。せっかくの貴重な休憩時間がもったいないわ。クリス様と一緒に過ごしたいし」

「ふふ。仲のおよろしいことで」


 嬉しそうにそう答えるラーラの他に、念のためもう一人の侍女と、他に護衛二人を引き連れ私室を出た。もしクリス様が戻ってきていれば、途中でお会いできるだろう。




 けれど結局クリス様とお会いすることはないまま、報告があって向かった王妃陛下の私室の前まで辿り着いてしまった。そこで私は、目を疑う光景を見た。

 扉を守る二人の護衛の他に、さっきクリス様を呼びに来た王妃陛下付きの筆頭侍女をはじめとする侍女たち、それにクリス様の従者や護衛たちまでもが、全員扉前に待機していたのだ。ということは……今部屋の中にいるのは、王妃陛下とクリス様、そしてエヴァナ嬢……? 政務官も呼ぶとは言っていたけれど……。

 私は急ぎ足で歩み寄ると、クリス様の従者に声をかけた。


「何をしているの、あなたたち。なぜクリス様のおそばにいないの?」

「は、は……っ。王妃陛下より、ただ今全員が退出を命じられております」

「なぜ」

「事業計画の内容は、内々で話したいと……」

「……。政務官も同席しているの?」

「い、いえ。まだいなかったようですが……」


 きつく問い詰める私の圧に、従者がたじたじになって答える。……ただ話をするだけにしても、クリス様のお心には負担が大きいはず。あの王妃のことだ、わざと嫌がらせをしているという可能性だってある。

 何を悩む間もなく、私は扉の前の護衛たちに命じた。


「開けなさい」

「なりません」


 すると間髪入れずに、王妃陛下の筆頭侍女が私の前に進み出てきて口を挟んだ。怯むことなく睨みつけると、筆頭侍女の顔がほんの一瞬強張る。


「……王妃陛下のご命令です。大切なお仕事の話し合いのお邪魔になる行為はご遠慮いただきます、妃殿下」

「あなた、誰に向かってそんな口をきいているの」


 こちらも間髪入れずに、筆頭侍女を睨みつけたまま大きく一歩前に出た。目前に迫った私の圧に、侍女の顔が大きく引きつる。場の空気が凍りついた。

 王宮に嫁いできて以来、これまでそれなりに大人しく過ごしてきた。王子妃として、そして王太子妃として相応しい品格を保ちつつも、淑やかに。いつも静かに笑みを湛え、楚々とした振る舞いを心がけてきたつもりだ。

 けれど今、私はその全てをかなぐり捨て、王妃の部屋に突入するために目の前の侍女を威嚇している。

 

「他ならぬこの私が、今すぐこちらのお部屋に入る必要があると判断しているの。侍女に口出しされる筋合いはないわ。立場を弁えなさい。……開けて」


 扉の前の護衛二人に視線を移しそう命じるが、それでも彼らは目を見合わせながら戸惑っている。業を煮やした私の護衛たちが進み出た。


「どけ! 妃殿下の命令だ」

「い、いや、しかしこちらは妃陛下の……!」


 護衛同士の押し問答が始まり、私は再び声を上げる。


「責任は全て私が取るわ。いいからすぐに開けなさい!」


 向こうの護衛たちが怯んだ隙に、私の護衛らが彼らを強引に押し退け、ようやく部屋の扉が開かれた。






 

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