34. 王妃とエヴァナ
(……げっ!! 嘘でしょう……こんなところで会うなんて)
一団の中央にいる、濃紫のベルベットのドレスを着た女性は、ユーディア王妃陛下その人だった。ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、私のことを見据えながらこちらに歩いてくる。
その周りを取り巻く、大勢の侍女たち。そして──
(あれは……エヴァナ嬢……?)
王妃陛下の斜め後方には、サーモンピンクのドレスをまとったエヴァナ嬢がいた。敵意むき出しの栗色の瞳で私を睨んでいる。
……さすがに気付かなかったふりで戻ることはできなさそうだ。
渋々こちらからも一団の方へと歩み寄り、目の前まで来たところで、私は丁寧にカーテシーをした。
「ごきげんよう、王妃陛下。先日の舞踏会では素晴らしいお披露目の機会をいただきましたこと、お礼申し上げます」
すると王妃陛下は、想像していた通りの嫌味攻撃を繰り出す。
「あら、こちらこそ。お二人の息の合った素敵なダンスを見せていただいて、とても楽しかったわ。仲の良さを見せつけるかのような、あのお揃いの風変わりなブローチも、あなたがお選びになったのでしょう? さすがのセンスですこと。あなたもなかなか策士ねぇ。ジョゼフとのダンスの時には嫌がって手さえ取ろうとはしなかったくせに、クリストファー殿下とはあんなにも仲睦まじく、うっとりと見とれながら踊って……ふふふ。相手が変わればあの態度ですもの。そりゃ見ていた貴族たちは皆、よほどジョゼフに至らないところがあり、あなたがあの子に対して大きな不満があったのだろうと結論づけたことでしょうねぇ」
(……はい。ありましたが)
止まらない止まらない。こちらが一言挨拶をしただけで嫌味爆弾が炸裂し続ける。私は黙って聞き続けた。一段落したらさっさと去って昼食を食べよう。今日のメニューは何かしら。
そんなことを考えながら右から左へと嫌味を受け流していると、王妃陛下の言葉が途切れたタイミングで、ふいに後ろにいたエヴァナ嬢が、わざとらしい声を上げた。
「あのぉ、王妃陛下。あたしのネックレス、探してもいいですかぁ?」
「……あら、そうだったわね」
上目遣いでくねくねしながら口を挟んだエヴァナ嬢をちらりと見やって、王妃陛下が私に言った。
「お会いできてちょうど良かったわ。フローリア妃殿下、よければあなたも手伝ってくださらない? エヴァナさんはね、私が今面倒を見ていろいろと教えてあげているのだけれど、午前中にここを散策していた時に、この噴水の中にお気に入りのネックレスを落としてしまったそうなのよ。さっき侍女たちと一緒に探させたのだけれど、どうしても見つからないとおっしゃるの」
「困っているんですぅ。妃殿下、手を貸していただけませんこと? ジョゼフ様に貰った大事なものなのにぃ。とっても高価な品だから、よく知らない下々の人たちには触ってほしくないんですぅ」
「……噴水の中に……?」
私は眉をひそめた。思わず見つめた噴水の水面は絶え間なく波立ち、無数の小さな波紋が広がっている。太陽の光を反射した水滴がきらきらと輝き、とてもこの中に落ちたネックレスなんて探し出せそうもない。深さも分からないし、そもそも、本当にこんなところにネックレスなんて落としたのかしら……。
「……庭師や従者たちに助けてもらいませんか? 私たちではとても……」
「ですから! あたしの話聞いてました!? 下々の者には触られたくないんです! ……ひどいわ。あなた様を捨てたジョゼフ様と結婚したあたしのことが、そんなにも疎ましいんですの? 妃殿下……。す、少しくらい助けようとしてくださったっていいのに……」
効率的な助言をしたつもりなのに、エヴァナ嬢は私の言葉に被せるよう非難し、突然瞳をうるうるさせはじめた。まるで私が虐めているみたいだ。案の定、やり取りを見ていた王妃陛下が大袈裟な声を上げる。
「まぁ、フローリア妃殿下ったら……。自分より立場の弱い者に優しさを見せるのは、王族として当然の振る舞いよ。そんなに邪険になさるものではないわ」
(それならあなた様が探してあげてはいかがですか?)
喉元まで出かかったその言葉とため息をぐっと飲み込み、私の代わりに噴水に向かおうとしたラーラを手で制した。どうせラーラが探しはじめたら文句を言うのは分かっている。下々の者にはどうのとか、あなた盗むつもりなのね!? とか。
(私が跳ね返る水を浴びながら、袖を濡らして探す姿を見ればきっと満足なのでしょう。……クリス様との昼食は、今日は諦めるか)
探すふりを終えたら一旦部屋に戻って着替えなきゃね……と、私はすでに諦めの境地になり噴水のそばへと向かった。もういい加減にしていただきたい。いつまでこんな子どもじみた嫌がらせを繰り返すつもりだろうか。私がクリス様と結婚し王太子妃になったことが、そんなに気にくわないの? でも、私を捨ててそちらのご令嬢を選んだのはあなたの息子なのですよ。全部ジョゼフ様が選択した結果ですが。エヴァナ嬢も、私を逆恨みしているのならあまりにも見当違いだわ。ジョゼフ様がその座を追われて準男爵にされたのは、自身の実力のなさが招いた結果だし、そんな男性を選んだのはあなた自身でしょう。
あらゆる不満の言葉が脳内に渦巻いたけれど、私はそれらを全部堪えて大理石の縁石に手を添え、一応中を覗き込む。……案の定、小さなネックレスなど見えそうにはない。水がピチャピチャと跳ねて冷たい。エヴァナ嬢がそそくさとそばに寄ってきた。
「うふふっ。ありがとうございますぅ〜妃殿下。お優しいんですのねっ」
そう言いながら私の隣に立ち、同じように縁石に手を添えた。