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27. 王妃の猛攻撃

 私とクリス様、そしてギルフォード伯爵は、揃って王妃陛下の方を見る。すると王妃陛下は皆の前で、背後に控えていた侍女の一人に声をかけた。


「ね、妃殿下のお部屋に前に落ちていたもの、持ってきてちょうだい」

「承知いたしました、王妃陛下」


(……何? 一体何のことなの……?)


 いつもは冷え切った王妃陛下の目がやけに楽しげに輝いているのを見て、途端に大きな不安が胸を埋め尽くす。……どうしようもなく嫌な予感がした。

 王妃陛下の侍女が、サイドテーブルから何かを持ち出し、皆に見えるように両手で胸の前に持つ。それを見た途端頭が真っ白になり、呼吸が止まった。

 王妃陛下の隣で侍女が持っているのは、一冊の漆黒の本。

 金色の字で綴られたそのタイトルは、“ 秘技の書 〜 甘美なる官能の契り 〜 ”……あの日、王妃陛下から手渡された大量の本の中に紛れていた、官能書だった。

 その場にいた女性たちが息を呑み、小さな叫び声が聞こえる。私の隣に立っているクリス様の雰囲気も、途端に剣呑なものに変わった。彼が低い声で呟く。


「……一体何ですかそれは」

「私の侍女がね、妃殿下のお部屋に伺った時に拾ったそうなのよ。驚いたわ。ね、フローリア妃殿下。あなた、清楚で純真な風に見えて、案外好奇心旺盛でいらっしゃるのね。ほほほほ。若いって素晴らしいわぁ。でも……熱心なのは結構ですけれど、一国の王太子妃ともあろうお立場の方にしては、あまりお上品なお勉強とは言えないわね。……ね、クリストファー殿下。あなたがあれほど熱心にお迎えになった妃は、どうやら一筋縄ではいかないお方のようよ」

「……っ!」


 屈辱と羞恥で、どうにかなりそうだった。私は両手の拳を膝の上で固く握り、肩を震わせる。


「……それは……私のものではございません」


 全員の視線に耐えきれず、私はそう一言反論した。途端に王妃陛下の声色が変わる。


「……あら。じゃあ一体誰のものだというおつもり? 私の侍女が、あなたの部屋の前に落ちていたと、そう言っているのよ。先日私の贈り物を届けさせた時に見つけたみたいなの。でもその時は妃殿下がとてもお忙しそうだったから、その場では返しそびれていたそうよ。困ったわねぇ。うちの侍女たちが嘘をついていると? ……ふふ、それともまさか、クリストファー殿下の教本だった?」


(────っ!)


 このようなものを何より疎むであろうクリス様に、何て屈辱的なことを言うのだろう。怒りで目の前が真っ赤に染まる。けれど、これだけの貴婦人たちの前で「それはあなたからいただいたものの中に紛れていた本ですが」と言い張るのはためらわれた。王妃陛下は当然否定するだろうし、公然と国母を非難する若い王太子妃なんて、ますます私が悪いように言いふらされるだろう。それに……クリス様を巻き込みたくはない。ただでさえあまり良好な関係ではなさそうな、王妃陛下とクリス様。もしも私が生意気な態度をとり、王妃陛下の嫌がらせの矛先がクリス様や実母であるアイラ様にまで向いてしまったら──

 どうしよう。クリス様に、私が陰でこそこそとあんな書物を読んでいるだなんて、絶対に誤解されたくはないのに。

 皆の視線が痛い。恥辱で体中が小刻みに震える。

 その時、クリス様が怒りを抑えた低い声で王妃陛下に言い放った。


「妻が違うと言っている。当然俺のものでもない。そのような悪趣味な書物を、昼日中(ひるひなか)の茶会の席でわざわざお披露目にならなくともよろしいでしょう。目障りです。誰のものかは知らんが、我々のものでないことだけは確かだ。さっさとお下げになってください」


(……クリス様……)


 庇ってくれたことに安堵して、思わず隣の彼の顔を見上げる。するとクリス様は、たった今まで王妃陛下に向けていた刺すような視線を引っ込め、柔らかな眼差しをこちらに向けてくれた。

 王妃陛下は露骨にむっとした顔をすると、すかさず反撃してくる。


「ま、嫌ねぇ。そんなにムキになって。やはり図星でしたの? ごめんなさいね、お二人だけの情熱的なご趣味を皆様に披露してしまったみたい。他意はなかったのよ」


(しつこいな……ムキになっているのはどっちよ)


 お腹の中がカッと熱くなる感覚がした。取り巻きのご婦人方が、王妃陛下のご機嫌を取るようにほほほと笑っている。ワイズ伯爵夫人はひたすらに居心地が悪そうだ。もう限界。早くここから立ち去りたい。


「……リア」


 わたしのその気持ちを察したように、クリス様が私にそっと声をかけてくださった、その時だった。

 クリス様の横に立っていたギルフォード伯爵が声を上げる。


「発言をよろしいでしょうか、王妃陛下」


 





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