25. 嫌がらせ再び
いよいよ十日後に舞踏会を控えた、その日の午前の終わり。執務室で仕事をしていた私のところに、突然ユーディア王妃陛下の侍女の一人が訪ねてきた。
「王妃陛下がお呼びでございます、フローリア妃殿下。至急サロンへお越しくださいと」
「……今から?」
怪訝な顔のまま私が問うと、侍女は淡々と答える。
「はい。王妃陛下はただ今サロンにてお茶会の最中でございますが、フローリア妃殿下にご紹介したい方がお見えなので、すぐにお顔を出していただくようにとのことでございます」
(……それなら事前に教えてくださればいいのに)
私は視線を落とし、自分の服装をチェックする。今日は外に出る公務はなく、貴族の謁見の予定もなかったので、ごくシンプルなデイドレスのみを着用していた。アクセサリーも髪飾りも、日常使いのものだ。この格好のまま、招かれてもいないお茶会に顔を出したくはない。私はうんざりし、小さく息をついた。
「……一旦私室に戻って準備をしてから向かいますわ。王妃陛下にそのようにお伝えしてくれる?」
「いいえ、そのようなお時間はございません。もうすぐ茶会はお開きでございますので、その前に少しだけ、ご挨拶なさるようにとの仰せでございます。さ、どうぞお早く」
「……どなたがいらしているの? 人数は?」
「サロンに行けばお分かりになることですので」
侍女の態度は傲慢なものだった。そばにいたラーラがムッとした顔をする。さすがに言いなりになる必要はない気がした。こちらは招かれてもいなかったのだし、そもそも仕事中だ。王妃陛下の茶会に顔を出すとなれば、それなりの格好で行くのも礼儀だろう。
けれど、ここで身支度を整え直してサロンに向かえば、きっと数々の嫌味が返ってくる。おそらく王妃陛下は最初から、今日私に外出や謁見などの予定がなく、執務室で書類仕事をしていることは調べてあるはずだ。
(地味な格好で華やかな貴婦人方の前に私を引っ張り出して、恥をかかせようとでも思っているのかしら。陰険だし、くだらないなぁ……)
「フローリア様、銀糸の刺繍のショールとブローチを取ってまいりますので……! 少しお待ちを」
機転を利かせたラーラが執務室を飛び出していこうとしたけれど、私はそれを制した。
「もういいわ、ラーラ。ありがとう。ほら、お待ちになるのが随分お嫌な様子だわ。このまま行きましょう」
不貞腐れた顔の王妃陛下の侍女にチクリと嫌味を言い、私は諦めて立ち上がった。このままの姿で挨拶に行けば、きっと王妃陛下も満足してまたしばらくは大人しくしてくださるだろう。ラーラはがっくりと肩を落として、私の後ろについた。
サロンに入った私は、心の中で特大の溜息をついた。見事に王妃陛下の取り巻きのご婦人、ご令嬢ばかりがずらりと揃っていたからだ。その数ざっと十数人ほど。ジョゼフ様の左遷とルミロ殿下の王位継承位除外により、王妃陛下のお取り巻きも随分減ったと聞いていたけれど、まだ一部の方たちは彼女を崇拝しているらしい。皆一斉に私の姿を見て、あら、だの、まぁ……ほほほ、だの言いながら、目を三日月のように細めたり、扇で口元を隠したりしている。誰もがこれでもかとゴージャスに着飾っている。
最奥に座り優美な笑みを浮かべているユーディア王妃陛下が、やけに芝居がかった口調で言った。
「まぁ、フローリア妃殿下。随分とお忙しかったようね。ようやくお顔を出してくださったかと思ったら、そんな格好で……ふふふ。ね? 皆様、いつも言っている通りでございましょう? 妃殿下の普段のお姿はこんなものですのよ。本当に……見上げた勤勉さだわ。お仕事に没頭するあまり、ご自身の身なりには本当に無頓着なんですから」
(はいはい。気が済んだならもう執務室に戻らせていただいてもよろしいでしょうか)
ひどい言われようだけれど、そこまで汚い格好をしているわけじゃない。王太子妃として最低限の品格は保っているつもりだ。さすがに嫌味が子どもっぽすぎない?
心の中で毒づきながら、私は王妃陛下に向かってゆっくりとカーテシーをする。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。王妃陛下がお呼びとのことで、これでもすぐに馳せ参じたのでございます。どうぞ、お許しを。皆様もごきげんよう」
「あなた、湯浴みくらいはちゃんとなさっているの? もう少しイヴリンド王国王太子妃としての自覚を持っていただきたいわね。公務はとても大切よ。けれど、髪振り乱してなりふり構わず働いていればいいってものでもないでしょう? 品位を保つことは大事だわ」
(どっちが。取り巻きを集めて自分より立場の弱い者を吊るし上げる行為には、品格がおありになるとでもお思いでございますか? 王妃陛下)
まともに相手にするのも馬鹿らしい。この場を穏便に済ませ、とっとと仕事に戻ろう。そう考え、私は言いたいことを全てぐっと堪えて目を伏せた。