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24. 逡巡と判断

「……母は昔から、優しかった。側妃の息子であることで俺が王宮内で侮られぬようにと、あらゆる学問や武術を磨き抜くよう厳しく指導されてはきたが……。幼い頃は朝の挨拶をするために、毎日必ず部屋まで来てくれていたし、俺が熱を出せば自ら一晩中付き添ってくれていた」

「まぁ……。愛情深いお方ですね、アイラ様は」

「そうだな。手ずから刺繍を施したハンカチや枕カバー、ブックカバーなんかもよく貰った。日中はもちろん王子教育に追われていたが、空いた時間はルミロと過ごしたり、母上と過ごしたり、幼い頃はそれなりに楽しくやっていた。側妃の子だからと卑屈になることもなく育ってこれたのは、俺が人に恵まれていたからだと思う」

「……さようでございますか」

「まぁ、ジョゼフは別だがな。あいつは子どもの頃から露骨に俺を侮り、ゴミを見るような目で俺のことを見ていた。側妃の息子はこう扱え、という見本のような態度だったな」

「……まぁ」


 信じられないわ、まさかあの方に限って……とは微塵も思えないのが悲しい。私は神妙に相槌を打った。


「母は争いごとを嫌う、控えめな人だ。父上に強く望まれ側妃として王宮に上がったそうだが、昔からいつも一歩引いた場所に身を置いている人だった。彼女の微笑みが切なげに見えることは、幼い頃から何度もあった。辛いことがなかったはずがないが、母はいつも自分に与えられた居場所で、静かに生きているように見えた」

「……なんだか私の母と、少し似ていらっしゃる気がします。畏れ多いことですが」


 父の言動に傷付き心身を病みながらも、私の前ではいつも優しい笑みを浮かべてくれていた母の姿と、側妃のアイラ様が重なる。アイラ様は国王陛下に愛されているようだし、その立場は全然違うけれど。

 私の言葉に、クリス様は静かに微笑んだ。


「俺が王太子になったことで、母に向けられる周囲の目は、良くも悪くも変わってきている。正妃派の貴族や王宮内の者たちは、不満も持っているだろうしな。だが、母の今の静かな生活は、守っていってやりたいと思っている」

「ええ……」


 アイラ様は、伯爵家のご令嬢だったはずだ。ユーディア王妃陛下のご実家は、国内の名門公爵家。立場の差は歴然としている。クリス様のご心配も当然のことだ。

 

「君の母上も、心穏やかに過ごせているといいのだが」

「……ありがとうございます」


 私の母のことまで気にかけてくださるクリス様の言葉が嬉しくて、心がじんわりと温かくなった。

 ふと、私はユーディア王妃陛下とクリス様の関係が気になった。個人的に会話をしているところは、ほとんど見たことがない。私はものすごく苦手だけれど、この方はどうなのだろう。


「……クリス様ご自身は、王妃陛下とは、いかがですか? アイラ様は常に王妃陛下を立てる姿勢でいらっしゃるので、今のところお二人の間に大きな軋轢はないようにお見受けしますが」


 すると、ハーブティーを口にしていたクリス様の動きが、一瞬ピタリと止まった。


(……? あれ……。聞いちゃいけなかったかしら)


 ビクビクしながら返事を待っていると、彼はカップを置き、長い睫毛を静かに伏せた。


「……向こうはどうだか知らんが、俺は嫌いだ」

「そ、そうなのですね。申し訳ございません、余計なことを……」


 するとクリス様はふいに顔を上げ、私の目をじっと見る。


「リア、君は大丈夫か。王妃は当たりの強い人だが、俺の知らないところで何か言われたり、ひどいことをされたりはないだろうな」


 その問いに心臓が大きく跳ねる。クリス様と結婚して以来、私がユーディア王妃陛下から時々嫌がらせをされていることは、まだ一言も話していない。それは、互いの利を考えた上での白い契約結婚だと思っていたからで……。


(……この方が私を自分の妻として尊重し、大切に思ってくださっていると分かった以上、王妃陛下のことも正直にお話しした方がいいのかしら……。でも……)


「……リア?」


 逡巡する私のことを、クリス様が心配そうに覗き込む。ほんの少しの迷いを振り払い、私は笑顔を作った。


「……いいえ、クリス様。大丈夫です。今のところ、何も困ったことはございませんので」


(もしかしたら、そろそろ王妃陛下からの嫌がらせも収まるかもしれないし。せっかくここ最近クリス様といい雰囲気で過ごせるようになってきたんだもの。ここで余計な火種を投下して、クリス様の心労を増やしたくはないわ)


 ただでさえ公務は日々忙しく、その上控えているお披露目舞踏会のことも考えなくてはならない。何もこのタイミングで、今打ち明けることではないと判断した。

 クリス様は少しの間探るように私の目を見つめていたけれど、やがて小さく頷いた。


「何かあれば、必ず俺に相談してくれ」

「はい、承知いたしましたクリス様。ありがとうございます」


 ほんの少しの罪悪感を飲み込み、私はそう返事をしたのだった。




 そんな会話を交わした日から、ほんの数日後のことだった。

 お昼頃、王妃陛下の侍女たちが、突然私の私室にやって来た。

 大荷物と共に。


「な……何事でございますか?」


 応対するラーラの声も困惑している。王妃陛下付きの筆頭侍女が、やけに威圧的な口調で答える。


「王妃陛下より、フローリア王太子妃殿下に贈り物でございます。大切なお品の数々でございますので、我々で直接お部屋にお運びするようにと。中に置かせていただきますわね」


 そう言うと、こちらがまだ何も返事をしていないにも関わらず、七、八人もの侍女たちがわらわらと室内に入ってきた。またもや大量の本、大きな壺に絵画……。一体今度は何のつもりなのか。

 ラーラが「どうしますか?」といわんばかりに私に視線を向けてくる。一瞬迷ったけれど、運び込まれているものたちは、見たところ特別怪しげなものでもない。どぎつい柄の珍妙な形の壺や暗い絵は、正直私の趣味には全く合っていないけれど……今回の嫌がらせの狙いは、そこなのかもしれない。本当にくだらない。

 この程度のことで気が済むのならと、私はラーラや他の侍女たちに小さく頷く。王妃陛下付きの侍女たちは勝手に奥の書斎の扉を開け、品物を運び終えると、「では、失礼いたします」と淡々と挨拶をして帰っていった。


「全く……! フローリア様の書斎は物置じゃないんですけど! 何なんですか一体」

「……もういいわラーラ。悪いけど、時間がある時に少し片付けておいてもらえる? どうせ適当に床に置いていったのでしょうから」

「承知いたしました、フローリア様」


 素直にそう返事をしてくれる侍女たちに小さく微笑みかけると、私はひそかにため息をついたのだった。

 

 




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