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23. 家族のこと

 お忍びデートをしたあの日を境に、私とクリス様の距離は以前よりずっと近くなった。無理に近付こうとしなくても、自然とそばで話をすることができるし、仕事に関すること以外にも、いろいろな会話をするようになった。夜寝室に入ると、今日一日の報告以外にも、気になったことや、家族の話題、子どもの頃の思い出、侍女から聞いた最近の民たちの間の流行りなど、様々な話をする。……といっても、大抵は私が話すことを、クリス様が相槌を打ちながら聞いてくださっているのだけれど。彼の表情は以前よりずっと柔らかくなり、私を受け入れてくださっていることが伝わってきて、嬉しかった。私自身も、あの日のクリス様の言葉が心の支えとなり、以前よりずっと彼を大切に思えるようになっていた。

 一人の人として敬愛……というよりは、もっと胸の奥がむず痒くなるような、そばにいると自分の体温が、ほんの少し上がるような、そんな気持ち。何だかよく分からない焦れったさに、時折もどかしささえ覚えた。


 二人きりのダンスの練習も、少しずつできるようになってきた。あの日クリス様が私の手を握ってくださったのを境に、私たちは確実に前進していた。互いに手袋を着けたままではあるけれど、毎日ほんの少しずつ、触れ合う時間は長くなっている。といっても、ダンスのホールドをとって、数歩ステップを踏むくらいだけれど。これでも私たちにとっては十分すぎる進歩だ。あのクリス様に、夜着越しに腰を抱かれているのだから。

 ベッドに入る時は、クリス様が先に眠ったのを確認してから、私が横になるようにしていた。この順番だとブランケットの防波堤なしでも眠ることができるのだ。けれどやはり、同時にベッドに入って「それじゃあお休み」と眠るのはまだ無理だった。クリス様が耐えきれずにベッドを降りてしまうのだ。

 

(だけど、ここまで来ただけでもすごいことじゃない? 結婚当初には絶対に考えられない距離感よ。大丈夫。焦ることはないわ)


 クリス様の規則正しい寝息を確認してから、ベッドを揺らさないようにそっと端の方に潜り込み、私は毎夜そう自分に言い聞かせていた。


「──弟のダニエルから手紙が来ました。クリス様からの贈り物の数々を本当に喜んでいて、よくよくお礼を申し上げてほしいと書いてありましたわ」


 その夜。ほんの数分間のレッスンが終わった後、私はクリス様のためにハーブティーを淹れた。ソファーに向かい合って座り、その日の最後の会話を楽しむ。クリス様はティーカップを手にすると、小さく笑った。


「大したものではないのだから、気にしなくていい。喜んでいたのなら、良かった。バッグに忍ばせていた君の手紙にも気付いていたか?」

「ええ! 僕も姉様のことが大好きだよ、姉様も体に気を付けて、早く会いたいよ、と……まるで子どものように素直な言葉が返ってきましたわ。ふふ。もう十七にもなったというのに、私の前ではいつまでも子どものようで」


 可愛い弟の笑顔を思い浮かべながらつい笑ってしまうと、クリス様が目を細める。


「君たち姉弟は本当に仲が良いんだな」

「はい。()()()()、仲良し家族です」

「ははは」


 嫌いな父に対する嫌味をあっけらかんと言うと、クリス様が声を出して笑ってくれた。まぁ、本当のことだし。


「……クリス様は、いかがですか? その、王家の皆様とのご関係というか……」


 こうして王宮に嫁ぎ、これまで見ていればだいたい分かってきていたけれど、私はあえてそう尋ねてみた。クリス様は楽しげな目で私を見る。


「どう思う?」


(え……)


 逆に聞かれてしまった。

 私はこれまで見てきた雰囲気を思い出しながら、慎重に答える。


「……国王陛下は厳格なお方で、口数も多くないですが、クリス様とは互いに良い信頼関係にあると思います」

「ふん」

「……アイラ様のことは、母君としてとても大切に思っていらっしゃいますよね。それで……、ルミロ第二王子殿下とクリス様は、とても馬が合っているように感じます」

「なるほど」


 クリス様は肯定も否定もせずにフンフンと聞いている。


「……ジョゼフ様とは……どうでしょうか。王宮にいらっしゃる時も、クリス様は必要最低限の会話しかなさっておりませんでしたし……。あの方のことはあまりお好きではないのかな、と感じていました」


(初めて二人で婚約の話をしたあの日も、ジョゼフ様のことを“あの馬鹿”とか呼んでいたし)


「すごいな。全部正解だ」

「やっぱり」


 私がそう答えると、彼はまた笑った。


「……正妃の息子と側妃の息子の立場ではあったが、ルミロとは幼い頃から気が合って、それなりに仲良くしていた。歳も一つしか変わらないしな。俺たちは鳥や昆虫を見つけては図鑑で調べたりするのが好きだったから、自由時間ができると、よく二人で庭園を探索していた」

「まぁ……。そうだったのですね」


 なんだか目に浮かぶようだ。小さなルミロ殿下とクリス様が、ぶ厚い図鑑を抱えたまま大木に留まる小鳥を指差して見上げている様子が脳裏をよぎり、思わず顔が綻んだ。昔の思い出話をするクリス様の表情も、心なしか嬉しそうだ。


「あいつは絵を描くのも好きだったな。時々一緒に、空想上の生き物を描いて遊んだ。翼の生えた羊とか、剣と盾を持った鷹とか。今思えば滅茶苦茶だ」

「ふふ。可愛い」

「俺は剣術の稽古も好きだったし、本当は騎士ごっこをして遊んだりもしたかったんだが、ルミロはあまり好きじゃなくてな。何度か誘ってみたが、駄目だった」


 子どもの頃の話をしてくださるクリス様は珍しく饒舌で、楽しそうで。

 それを夢中で聞きながら、私はとてもワクワクした。

 笑っているクリス様を見ていると、どうしてこんなに胸が甘く疼くのだろう。

 しばらくルミロ殿下との思い出話をしてくださった後、クリス様は母君であるアイラ様のことを語りはじめた。








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